7. おわりに169AUTHORは、また辛いものがあった。外出は運動のためであれば1日1回まで認められていたため、趣味のサイクリングに出かけ気を紛らせつつ作業を進める日々であった。約4ヵ月後の7月後半になりロックダウンが緩和され、研究機関などのようにリモートワークでは代替が効かず社会的意義の高い職種に限り制限が緩和された。しかしながら、当初は建物内に同時に入構できる人数が通常時よりも大きく制限され、午前と午後のシフト制での再開となり不自由な期間が続いた。同年8月頃から少しずつ落ち着きを見せ始め、ロックダウン解除の日も近いかと期待されたが、12月頃には英国内で広がり始めたベータ株の影響や、翌年5月頃から広がり始めたデルタ株の蔓延もあり、シフト制が解除されるまでに結局1年程度の期間を要し、研究活動は大きな影響を受けた。 次にBrexitに関しては、EUからの離脱自体は2020年2月に決定していたものの、実際の完全離脱は2021年 5月に行われた。COVID-19とは異なり事前にわかっている事象であることから、各所で入念な準備が進められていたものの、実際に離脱後はさまざまな影響が見られた。特に影響が大きかった部分は試薬やサンプルの輸出入で、これまでは不要であったinvoiceの作成などが必要となり、手続きに思いもかけない手間を取られることになった。また通関手続きの関係から、離脱前は1~2日程度で届いていた荷物が1週間以上かかるケースも見られた。もう一つはビザの問題である。EU加盟時は加盟国間であればビザなしで就学や就労ができたものの、離脱後はビザが必要となったため、盛んに行われている交換留学などに⽀障が生じていた。実際にラボの大学院生が3ヵ月間オーストリアの企業にインターンとして滞在することになった際、直前に就労ビザ取得が必要なことがわかり急遽出発を2ヵ月延期しなければならなくなっていた。 最後に2022年より本稿執筆時現在(2023年7月)においても続くウクライナ危機は、研究活動にも影響を与えているが、英国においては日常生活がより大きな影響を受けている。各種ニュースで報道されておりご存知かと思うが、ヨーロッパ各国はエネルギーの多くをロシアからの天然ガスに頼っており、今回の紛争はその供給に大きな不安をもたらしている。実際、供給量も削減され、光熱費やガソリンの高騰が続いていた。スコットランドでも2022年10月頃から急激な価格上昇を見せ始め、電参考文献 1) Ishida, T., et al., SLAS Discov., 26, 484‒502 (2021)気とガスの利用料は半年の間で2倍以上高騰し、通知を見たときはあまりの値上げにわが目を疑った。エネルギーの高騰は物価にも大きな影響を与え、スーパーで買い慣れた商品の値段が頻繁に上がっていくのを見るたびにため息をついたものである。金銭的な余裕が少ない大学院生や短期留学生に影響が特に出ていることもあり、事態が早期に解決することを願ってやまない。 これまで英国での研究生活に関して述べてきたが、COVID-19パンデミックなど、苦労した場面も多く、海外での研究生活はやはりハードルが高いと感じられた方もおられるかもしれない。確かにそれも海外生活を送るうえでの一面であり、英国やその前の米国での生活においてここでは書ききれない数多くの苦労があったことも事実である。しかしながら、旅行のような短期滞在ではなく現地において生活することで、日本では得難い人的ネットワークが得られることや、これまでの価値観を根底から覆すような経験ができることなど、得られるものは苦労を補って余りあるものであった。また英国滞在時には筆者がポスドクの採用面接を行うこともあったが、日本の大学院生の研究レベルは決して欧米の学生に対して劣ってはいない。語学の壁を含むハードルはあるものの、海外のポジションへ挑戦する価値は十分あると信じている。もし本稿を読んだ方から、一人でも海外へ飛び立つことに対し前向きになっていただけたのであれば幸いである。石田祐(いしだ たすく)2000年 岐阜薬科大学薬学部製造薬学科 卒業2005年 東京大学大学院薬学系研究科分子薬学科博士課程 修了(博士(薬学))同 年 エーザイ株式会社 入社2011年 H3 Biomedicine Inc. 出向(米国マサチューセッツ州)2015年 エーザイ株式会社 筑波研究所に転属2019年 University of Dundee, Postdoctoral Scientist(英国スコットランド)2022年より現職Copyright © 2023 The Pharmaceutical Society of Japan
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