MEDCHEM NEWS Vol.33 No.4
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6. COVID-19パンデミック、Brexit、 168しばしばコミュニケーションに難儀する場面があった。特にスコットランドは俗にスコティッシュアクセントと呼ばれる独特の訛りがあり、何度聞き返してもまったくわからず苦労することもあった。こればかりは、現地に住んで慣れるしかないのは少々つらいところである。またこれは英国、米国どちらにもいえることであるが、意外と電話をしなければならない場面に遭遇する。連絡はメールで欲しいと通信欄に書いても電話をかけてくるケースや、電話でしか受け付けてくれないケース(大体はクレーム)があるので、事前にトレーニングしておくことをお勧めする。 大学での研究スタイルに関しては、日本とスコットランドでは大分異なるというのが正直なところである。大学院生を含む多くの研究員は、実験の都合などにより前後することはあるものの、大体午前8時ごろから午後6時くらいまで実験やデスクワークをしており、その後はパブに繰り出したりスポーツジムに行ったりと自分の時間を過ごしている。また土日もしっかり休む人が多く、日本や米国の大学院とは大分状況が異なり、雰囲気としては米国バイオテックでのスタイルに近い。ちなみに日本とは異なり、修士号の取得は博士課程進学への必須ではなく、むしろ学部を卒業してからそのまま博士課程に進む学生が多い。また修士課程は1年と短く、技術補助員などを目指している学生が進むコースとして認識されており、米国と似た状況である(なお米国の修士課程は日本と同様に2年が基本である)。このような違いが、博士号をもたない日本人研究者と海外の研究者とのコミュニケーションにおいて問題が生じる一因となっているのではないかと思われる。博士課程は3~4年程度で修了するケースが多く、早い人では25歳で博士号を取得する。大学院には学費がかかるが、多くの大学院生は何かしらの返済不要の奨学金を取得し、逆に給与をもらっていることから、日本人の筆者から見るとかなり恵まれていると感じた。 海外で研究活動をするうえで非常に大事な点は積極性である。他の方も述べられているが、ミーティングで自分の考えを述べることや、自分がどんなスキルをもっていてどのような貢献ができるのかを周囲の人に理解してもらうことは、自身の研究を円滑に進めるうえで非常に重要であり、逆にそれを怠ると周囲の協力が得にくく、苦労することになる。Ciulli研の学生やポスドクも非常に積極的な人が多く、学生が中心となりJournal ClubというProtein degrader領域論文の抄録集を毎月発行したり、学会や講演会の幹事を進んで引き受け人脈形成の一助とするなど、筆者の学生時代には考えられないほどアクティブである。ただ米国と比べると、英国の方が若干穏やかにも感じられた。これは企業と大学との違いもあるであろうが、特にボストンのバイオテック界隈は非常に競争が激しく、より積極的にアピールしていかないと生き残れないという事情もあるのかもしれない。 冒頭にも述べたとおり、筆者が滞在していた期間に、COVID-19パンデミック、Brexit、そしてウクライナ危機と、将来教科書に記載されるであろう大きな変動を経験した。これらが現地での研究活動や生活にどういった影響を与えたか、体験談をもとに紹介したい。 まずCOVID-19パンデミックであるが、日本でもコロナ前とコロナ後という言い方をされるが、英国でも同様であり、研究と生活のあらゆる場面で大きな影響と変化があった。2019年12月頃より世界中に広がり始めたCOVID-19は、2020年3月頃には英国を含むヨーロッパ各国でも広がりを見せ、各国において都市封鎖(ロックダウン)の措置が取られ始めていた。Ciulli教授は近いうちに大学が閉鎖されるであろうことをその頃から予想し、大学からアナウンスが発信されるよりも前からラボの閉鎖に向けて準備を進めていた。そのおかげもあり、実際に政府よりロックダウンが発表された際には、ほかの研究室に比べ比較的スムーズにラボの閉鎖を完了できた。とはいえ、いつ解除されるかまったく見通しが立たない状況は、かなり不安であったのも事実である。 筆者は日本に帰国することもままならない状況であったため、そのまま現地に残ることとなったが、日本とは異なり外出や集会の制限は罰則もある法的拘束力のあるものであり、日用品の買い出しなど限られた場合を除いて外出が禁止されていたことから、非常にストレスの溜まる生活であった。また物流の停滞や買い占めの影響などによりスーパーの店頭から保存の効きやすい食品が姿を消し、食糧の調達にも苦労した。研究に関しても、実験がまったくできないことから、できることは論文調査などに限られており、滞在期間の限られている筆者にとっては歯がゆい時期が続いた。筆者は総説1)を執筆する機会に恵まれその期間を有効活用できたことは僥倖であったが、自宅でひたすら執筆活動だけを続けているのウクライナ危機の影響

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