MEDCHEM NEWS Vol.33 No.4
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5. RNA標的低分子創薬の課題6. 最後に1635-1.人材育成 米国をはじめ、欧米でのRNA標的低分子創薬の取り組みは、極めて動きが速い。SMN2に対するリスジプラムの開発成功の効果が大きいが、RNA標的低分子創薬はやっと端緒についたところでしかない。急速に進む欧米の動きにわが国が追いついていけるかどうか、そして、将来的に優位な立場に立つだけの技術開発が進むかどうかが鍵となる。そのためには、学術界、産業界における人材育成を進める必要がある。学部教育において有機化学の範囲で核酸を教えている大学は多くない。ましてや、低分子の有機合成の経験をもち、さらに化学的に核酸を扱える研究者の育成は極めて限られている。これまで核酸、RNAに触れたことがなかった研究者が、新しい知識と技術を獲得できるリカレント教育の場を、産学官で協力して用意しなければならない。5-2.本質的な研究の必要性 RNAの多様性が創薬標的として十分であり、オフターゲット効果が抑えられることを、多数の事例で示していくことが必要ではないか。個人的には、RNAの配列と高次構造の多様性、動的な構造変化を考えると、創薬標的として十分に成立すると考えているが、それを実証しなければならない。この類の研究は産業界に任せるわけにはいかないので、学術界との連携で進めていくことが重要になると思われる。そのためには、目的を明確にした、質の高い研究提案に対して予算を適切に配分する戦略を、JSTやAMED、文部科学省、経済産業省などの研究費配分機関にはぜひともお願いしたい。 本質的というと、どうしても触れなければならないのが、高品質かつ多量のデータの蓄積である。まずは構造情報。プロテインデータバンクを調べると、RNA-低分子の複合体構造情報がいかに少ないかがわかる。これまでタンパク質を標的に創薬研究が進められていたため仕方がないことではあるが、RNA標的低分子創薬を進胞に導入した後にNCD存在下で培養し、circRNAの生成量を調べた結果、NCDの濃度を上げるとともにcircRNAの生成量が最大5倍以上に増加することを確認し、細胞内において低分子がスプライシング反応を調節し、circRNAの生成を促進することを世界で初めて示した(図6)14)。参考文献 1) Ranti, H., et al., J. Med. Chem., 61, 6501‒6517 (2018) 2) Nakatani, K., Proc. Jpn. Acad. B: Phys. Biol. Sci., 98, 30‒48 (2022) 3) Hermann, T., et al., Curr. Opin. Biotechnol., 9, 66‒73 (1998) 4) Pearson, N.D., et al., Chem. Biol., 4, 409‒414 (1997) 5) Chow, C.S., et al., Chem. Rev., 97, 1489‒1513 (1997)めるうえで参考となる構造情報が決定的に不足している。昔あった「タンパク3000プロジェクト」のように、例えば「RNA10Kプロジェクト」を早急に走らせないと間に合わないのではないかと危惧する。次に、多様なRNAと低分子の結合活性相関情報データベース。現時点では標的RNAにどんな化合物が結合するのかを予測できる研究者は存在しない。もっとも、どんなRNAが創薬標的となりうるのかを示すデータベースもない。これらデータベースを充実させて、新たなRNA標的の探索、そしてその標的に対する化合物スクリーニングに係る人的、時間的コストを低減することが必要となる。高品質なデータはAIを使ううえで必須であり、かつ、国際戦略の要である。データベースの構築、維持、管理に早急に予算を投入することが必要ではないか。 最近、RIBOTAC15)が注目されているが、RIBOTACを使うためには、標的RNAに特異的に結合する低分子がないと、絵に描いた餅に終わってしまう。RIBOTACを使って、標的に特異的に結合する分子を見つけるという考え方も成り立つが、いずれにせよ、RNA標的に特異的に結合する分子があるかどうかも、この先にRNA標的低分子創薬研究が答えなければならない本質的な問いである。 RNA標的低分子創薬は、ようやくその端緒についたばかりで、この先には間違いなく多くの失敗が待ち構えているに違いない。欧米では参入する企業も増えているが、一方、撤退する企業も少なくないと聞いている。タンパク質標的創薬とは違うスペクトルの創薬が可能であると信じて疑わないが、その実現のためにも、頭の柔らかい若い研究者、異なる研究分野からの参入を産学官が連携して加速させなければならない。とにかく高品質のデータベースを充実させ、AIを駆使できる環境をいかに整えるかが、RNA標的低分子創薬開発でわが国が生き残る道であろう。

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