MEDCHEM NEWS Vol.33 No.3
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JT生命誌研究館 JT生命誌研究館をご存知でしょうか。JT(日本たばこ産業)の子会社で、民間企業ですが、事業内容は生物学の基礎研究と科学知識の表現です。「科学のコンサートホール」という大切な理念があって、音楽や絵画を楽しむかのように、科学を趣味や文化として楽しんでいただけるよう「問いの発掘」に取り組んでいます。自分たちの論文を楽譜として、科学を演奏する取り組みも行っています。 ところで、「環境」という言葉を聞くと何を思い浮かべますか? 気温や地形など、非生物的なものを想像する人が多いと思いますが、実際にはライオンとシマウマのように食う・食われる、ミツバチと花のように花粉を運ぶ代わりに蜜をもらう助け合いなど、他の生物の存在が生存に強く影響します。つまり、周囲の生物との関わり合いが最も重要な環境だと考えられます。私は、異なる生物同士がどのように関わり合いながら「生きている」のか、アゲハチョウと植物の関係について、生態学・分子生物学・情報学など、さまざまな手法を用いて研究しています。 アゲハチョウの仲間の幼虫は、特定の植物だけを食べる偏食家です。幼虫が食べる植物のことを「食草」と言いますが、食草以外は餓死しても食べません。死ぬくらいなら美味しくなくても食べたらいいのに、と思いますが、そうはいかない事情があります。植物は光合成によって自分が生きるために必要な成分の他に、生命維持には直結しない二次代謝物質も沢山つくっています。その中には昆虫たちに毒性を示すものがあり、植物が身を守ることに役立っています。植物の防御物質を解毒できるかどうかが重要なのですが、無制限に解毒能力をもつことは難しいので、特定の植物だけを利用します。しかし、幼虫は移動能力が低いので、広大な環境から自力で食草を探すのは困難です。 そこで、飛ぶことができる成虫が代わりに植物を選びます。成虫は花の蜜を飲むので植物は食べませんが、食草を探すときの手がかりは植物の味です。メス成虫の前脚に、味を感じることができる「化学感覚毛」という組織があります(写真1)。植物の表面を前脚でたたいて、美味しいと思ったら産卵するのです。ところが、成虫になってからの寿命は短いので、この行動を練習して徐々に上達する時間はありません。産卵するべき植物の味と、味見を行う一連の動作を、産まれながらに知っています。このゲノムに刻まれた本能の仕組みを解き明かしたいと考えています。 どうやって? と思った方は、ラボのウェブページをご訪問いただけるとありがたいです。InsectInDB:昆虫食草ネットワークラボページ:昆虫食性進化研究室太いトゲの間に毛状の突起が見える。尾崎克久(おざき かつひさ)2000年 弘前大学大学院農学研究科博士課程(岩手連合大学院)修了。2001年にJT生命誌研究館にポスドクとして就職、2006年から現職(室長)。科学を趣味や文化として楽しむ人を増やし、やがて全人類をアマチュア科学者にしたいという野望をもつ。写真1 前脚の化学感覚毛 AUTHOR Copyright © 2023 The Pharmaceutical Society of Japan142MEDCHEM NEWS 33(3)142-142(2023)尾崎克久Coffee Breakチョウと植物を強固に結びつけている 絆の正体は味覚

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