3. 配位ケモジェネティクスによるmGlu1の り、グルタミン酸受容体のグルタミン酸による作動性や細胞における発現場所を維持したまま、変異導入したグルタミン酸受容体の制御が可能になると期待される。 代謝型グルタミン酸受容体の一種であるmGlu1は、小脳・視床・嗅球などに多く発現しており、特定の脳部位におけるmGlu1の機能解明に向けた遺伝子改変マウスの解析が実施されてきた8〜11)。饗場らは、mGlu1遺伝子欠損マウスでは重篤な運動失調が生じるが、そのマウスに対して小脳プルキンエ細胞選択的にmGlu1を発現させると運動失調が回復することを報告しており、小脳性運動機能におけるmGlu1の重要性が示唆されている10)。しかし、mGlu1遺伝子欠損マウスは発生初期からmGlu1を欠損しており、幼若期から重篤な運動失調を起こすため、運動機能を司る神経回路に関する詳細な解析に利用できない。そのため、mGlu1のグルタミン酸作動性を欠失することなく、任意のタイミングで細胞種選択的にmGlu1を制御可能な配位ケモジェネティクスの開発を目指した。 はじめに、X線結晶構造解析の情報を基にmGlu1のLBDの上下に配位性アミノ酸であるヒスチジン残基(His:H)を導入した変異体を複数作製し、HEK293細胞に発現させて金属イオンもしくは金属錯体処置時の活性化スクリーニングを実施した。その結果、作製した複数のHis変異体に対してPd(bpy)錯体がアロステリック活性化剤として作用することを確認した(図2C)12)。筆者らの戦略では、LBDの上下にHis残基を配置し、金属錯体との配位結合を介して閉構造を安定化するが、詳細な検討からmGlu1のLBDの上部に内在する55番目のHis残基が配位サイトとして機能し、下部の264番目のアスパラギン残基(Asn:N)にHis変異(N264H)を導入するだけで、Pd(bpy)処置による活性化を示すことが明らかとなった(図2D)13)。また、N264H変異体は想定どおり野生型mGlu1と同程度にグルタミン酸作動性が維持されていることが確認された。 Pd(bpy)を用いたmGlu1の人為的活性化が可能となったが、Pd(bpy)の物性は抗がん剤として知られるシスプラチンに類似しており、細胞内ではDNAと結合して細胞増殖を阻害することが懸念された14)。神経のモデル細胞株として知られるPC12細胞を用いたPd(bpy)の毒性評価より、Pd(bpy)処置は神経突起伸長には影響を与えないものの、高濃度処置した際にPC12細胞の増殖が抑制されることを確認した。そのため筆者らは、Pd(bpy)の親水性を高めて細胞膜透過性を低下させることで、この副作用を軽減できると考え、配位子の親水性を高めたPd錯体を新たに設計して評価したところ、細胞増殖に影響を与えることなくN264H変異体を活性化可能であるPd(sulfo-bpy)を見出した(図3A)13)。 金属錯体により活性化可能なmGlu1変異体と低毒性な金属錯体を取得したため、マウス組織におけるmGlu1変異体の人為的な活性制御を検討した。まず、内在的に発現するmGlu1の制御を目的として、mGlu1(N264H)を点変異導入したノックインマウスを、CRISPR/Cas9を用いて作製した。前述のようにmGlu1の欠損もしくは機能低下は重篤な運動失調を引き起こすが、N264H変異体はグルタミン酸作動性を維持しているため、作製したノックインマウスにおいてmGlu1の発現や機能およびマウスの運動は正常であった。小脳において、プルキンエ細胞におけるmGlu1の活性化は小脳長期抑圧を惹起し、運動学習に強く相関することが知られる(図3B)。そこで、mGlu1(N264H)ノックインマウスから調製した急性小脳スライスに1μMPd(sulfo-bpy)を処置したところ、mGlu1の活性化に伴って誘起されるシナプス可塑性の一種である小脳長期抑圧が観察された(図3C)。一方、野生型マウスから調製した急性小脳スライスにPd(sulfo-bpy)を投与しても神経活動に影響を及ぼさなかったことから、小脳スライスにおいてもPd(sulfo-bpy)はmGlu1変異体を選択的に活性化することが確認された13)。 次に、配位ケモジェネティクスを用いた細胞種選択的なmGlu1の活性制御を実施した。小脳において、mGlu1はプルキンエ細胞に高発現して、前述したとおり小脳長期抑圧に関与する。一方で、mGlu1はプルキンエ細胞の機能を調節する顆粒細胞、分子層介在神経細胞(MLI)などの神経細胞にも発現する。過去に、mGlu1の活性化剤であるジヒドロキシフェニルグリシンを急性小脳スライスに処置すると、MLIにおいて神経活動が亢進することが報告されていた15,16)。しかし、どの神経細胞に発現しているmGlu1の活性化がMLIの活動亢進に重要かを確認する方法がなかった。そこで筆者らは、細胞種選択的な遺伝子発現プロモーターを組み込んだアデノ随伴ウイルス(AAV)を用いて、マウス脳内のプルキンエ細胞またはMLIにmGlu1N264H変異体を選択的に発138人為的活性化
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