MEDCHEM NEWS Vol.33 No.3
36/52

〔SUMMARY〕 記憶や学習に代表される高次脳機能は、数多くの神経細胞とグリア細胞が複雑に相互作用して神経回路を形成することにより生み出される。高次脳機能を理解するために、動物個体レベルで神経回路を構成する特定の細胞種の活動を制御可能な光遺伝学(オプトジェネティクス)や化学遺伝学(ケモジェネティクス)などの細胞操作技術が非常に有用である。しかし、既存の手法では、観察対象となる細胞に本来存在しない人工受容体を発現させて細胞機能を制御するため、細胞が有する本来の機能を観察できていない可能性がある。本稿では、筆者らが取り組んでいる特定の神経細胞やグリア細胞に内在的に発現する受容体の細胞種選択的な制御を可能にする「分子標的ケモジェネティクス」の構築について述べる。Higherbrainfunctionssuchasmemoryandlearningareproducedbyneuralcircuitcomposedofcomplexinteractionbetweennumerousneuronsandgliacellsinthebrain.Tounderstandhigherbrainfunctions,cellmanipulationtechniquessuchasoptogeneticsandchemogeneticsaredeveloped,whichallowcell-type-specificcontrolintheneuralcircuitin vivo.However,giventhatcellularsignalsareevokedbyartificially-designedreceptorsinthesemethods,thesemaynotreflectphysiologicalresponses.Inthisreview,wedescribeanewdirectionofchemogeneticstermed“molecular-targetedchemogenetics”,whichwillallowregulationoftargetendogenousreceptorsinacell-type-specificmannerinliveanimals.Keyword chemogenetics, metabotropic glutamate receptors, cerebellum, coordination chemistry清中茂樹Shigeki Kiyonaka*1・堂浦智裕Tomohiro Doura*2分解能で細胞選択的な神経活動の制御が可能となった1,2)。一方、ケモジェネティクスでは、適切に設計された化学物質(デザイナーリガンド)で活性制御できる人工受容体(デザイナーレセプター)を特定の細胞種に発現させる。この手法では、デザイナーリガンドの投与による非侵襲的な神経活動の制御が可能である3)。ケモジェネティクスの代表例としてGPCRであるムスカリン作動性アセチルコリン受容体を変異導入して得られるDREADD(designerreceptorexclusivelyactivatedbydesignerdrugs)や、アセチルコリン作動性イオンチャネルに変異導入したPSAM/PSEM(pharmacologicallyselectiveactuator/effectormodule)が知られている4,5)。 上記のようにオプトジェネティクスとケモジェネティクスは神経回路研究に必須のツールであるが、これらの細胞操作技術では、観察対象となる細胞に本来存在しない人工受容体を過剰発現させ、光やデザイナーリガンドにより神経活動を惹起している。しかし、神経伝達物質受容体の細胞膜上での発現量や発現場所は厳密に制御されているため、発現量や発現場所が制御されていない人工受容体を介して惹起した神経活動は、観察対象となる神経回路の生理機能を正確に反映していない可能性があ1.はじめに 神経科学の発展により、記憶や学習といった高次脳機能は、膨大な数の神経細胞やグリア細胞が複雑に相互作用して神経回路を形成すること、および神経回路内でのシナプス伝達強度の変化により生み出されることが明らかにされている(図1)。このような神経回路に関する知見は、生体組織あるいは動物個体において特定の細胞の機能を選択的に操作可能な細胞操作技術の発展によってもたらされている。現在の神経科学において最も使用される細胞操作技術は、光遺伝学(オプトジェネティクス)と化学遺伝学(ケモジェネティクス)である。オプトジェネティクスでは、光応答性の非選択的陽イオンチャネルであるチャネルロドプシン2(ChR2)や動物型ロドプシンの細胞内領域を別のGタンパク質共役型受容体(GPCRs)の細胞内領域に置換したoptoXRsを特定の細胞種に発現させる。その結果、光照射により高い時空間*1 名古屋大学 大学院工学研究科 教授 *2 名古屋大学 大学院工学研究科 助教 Assistant Professor, Graduate School of Engineering, Nagoya UniversityProfessor, Graduate School of Engineering, Nagoya UniversityDevelopment of molecular-targeted chemogenetics for understanding higher brain functions136MEDCHEM NEWS 33(3)136-141(2023)高次脳機能の理解に向けた分子標的ケモジェネティクス法の開発

元のページ  ../index.html#36

このブックを見る