MEDCHEM NEWS Vol.33 No.3
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東北大学大学院薬学研究科日本薬学会 会頭岩渕 好治 今から30年前、わが国の製薬企業の開発パイプラインにはブロックバスターとなる大型新薬がひしめいていた。しかし、2010年頃を境として特許有効期限が次々と訪れ、創薬研究のスタイルは大きく変貌した。この30年の歳月には、バブル経済の崩壊、阪神淡路大震災、リーマンショック、東日本大震災、気候変動、そしてCOVID-19パンデミック、ウクライナ侵攻まで、幾多の激動があった。「失われた30年」という言葉に象徴されるかのごとく、わが国の科学技術の凋落傾向が指摘され続け、将来を担うべき博士人材の減少にも歯止めが掛かっていない。 一方、GAFAと呼ばれる海外のIT企業を産み出したデジタル変革が、医療の構造と概念の変容をもたらし始め、そのこととシンクロするように世界の情報をタイムラグなく取り込むことができるデジタルネイティブ世代が社会を支える時代となってきた。このような背景のもと、2022年6月に、日本学術会議から「未来の学術振興構想」を策定するための学術の中長期研究戦略の提案の公募があり、佐々木茂貴前会頭を座長として、30年後の創薬研究の在り方を検討する座に就く機会をいただいた。そこでは製薬企業の創薬研究者を擁する医薬化学部会の協力のもと、未来の創薬の姿、理想像についてのアンケートを実施し、その結果に基づいて、日本薬学会として30年後の未来創薬ビジョンを見据えて「デジタルツインを活用する創薬の実現のためのデジタルツイン創薬フォーラム構想」として取りまとめた申請書を提出した。 30年後の世界では、個人のゲノム情報が低コストかつ短時間で解読され、疾患原因の特定や医薬品への応答性予測、発症リスクと発症時期の予測に利用される。さらに、プロテオミクス(タンパク質)、トランスクリプトミクス(RNA)、メタボロミクス(代謝物)、リピドミクス(脂質)、グライコミクス(糖鎖)、さらにはエピゲノミクスなど、他の網羅的情報解析も進歩する。これらの膨大な個人のゲノム情報を含むオミックス情報と細胞から個体に至る構造・機能情報がAIによって解析され、量子コンピューター上に超精密デジタルツインが構築され、予防・診断や治療方針・治療標的の決定と、それに基づくデジタル創薬に利用され、創薬が一人の患者を対象に行われる。さらに多数の患者デジタルツインの活用により、医療においては遠隔AI診断・治療、遠隔処方・調剤などを支える社会基盤として定着する。デジタルツインは、創薬や医療、さらには産業や教育など、30年後の世界にパラダイムシフトをもたらすだろう。 SFの世界の話に聞こえるかも知れないが、30年の時の流れを予測することは容易ではない。アンメット・メディカル・ニーズがある限り、創薬研究に終わりはない。リアルワールドとデジタルワールドの研究と連携しながら、創薬研究を発展させるための新たな理論を構築するプラットフォームを創らねばならない。Yoshiharu IwabuchiGraduate School of Pharmaceutical Sciences, Tohoku UniversityPresident, The Pharmaceutical Society of JapanCopyright © 2023 The Pharmaceutical Society of Japanいわぶち よしはる1986年 3月 東北大学薬学部製薬化学科卒業1991年 3月  東北大学大学院薬学研究科博士後期課程修了同 年 5月 米国Scripps研究所博士研究員1992年 5月 蛋白工学研究所研究員1995年10月 生物分子工学研究所研究員1997年 4月 長崎大学薬学部助教授2002年 7月 東北大学大学院薬学研究科教授2020年 4月 日本薬学会化学系薬学部会長2021年 4月 日本薬学会副会頭2023年 4月 現在に至るMEDCHEM NEWS 33(3)101-101(2023)101年4回2、5、8、11月の1日発行 33巻3号 2023年8月1日発行 Print ISSN: 2432-8618 Online ISSN: 2432-8626公益社団法人 日本薬学会 医薬化学部会NO.3Vol.33 AUGUST 202330年後の創薬研究

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