3. 一重項酸素を活用したヒスチジン残基修飾81図2 1O2とMAUraの高い求核性を活用したHis修飾反応図3 磁気ビーズ表面に構築した反応場による抗体Fc領域選択的His修飾 ラジカル的なアプローチとは別に、光触媒を研究するうえで、励起された触媒と酸素分子間のエネルギー移動によって、一重項酸素(1O2)が産生されることに着目した。1O2はHisとの反応性が高く、1O2とHisのDiels-Alder反応の結果により生じる、求電子性の反応中間体を求核的な試薬によって捕捉することによって、Hisの修飾が可能になると着想した(図2)。 というのは後付けであり、実際には、MAUraを修飾剤として光触媒によるタンパク質修飾を研究していた過程で、偶然発見された反応である。使用したRu錯体が1O2を産生する活性をもっていたことと、MAUraが高い求核性をもっていたことの幸運と、共同研究者の丹羽達也先生(東京工業大学)の丁寧な質量分析による解析と気付きがなければ、見つかることのなかった反応であろう。その後、種々の求核剤を検討したが、MAUraが最も効率的にHisを修飾することがわかった。これは、MAUraの環状ヒドラジド構造NH基が高い酸性度をもち(pKa 4.7)12)、生理的pHでは解離したN-構造を取っているために、高い求核性のヒドラジドアニオンが、1O2によるHisの酸化反応の結果として生じる求電子性の反応中間体を効率的に捕捉することで、His修飾が進行したと考察している。 すなわち、MAUra(モーラ)はレドックス活性に由来するTyrとの反応性を有するだけでなく、高い求核性による酸化Hisとの反応性をも有しており、芳香族アミノ酸残基の酸化的修飾において網羅性の高い修飾剤構造であった。 1O2はマイクロ秒スケールの半減期をもつ高反応性の化学種であり、触媒から酸素分子へのエネルギー移動により生じた後、広く拡散することなく周辺の生体分子を酸化する。光増感剤とリガンドを連結した分子は、リガンド結合タンパク質を選択的に酸化し、不活性化できることが報告されている13)。Hisの酸化反応が触媒近接環境で選択的に完結するため、MAUraを使った上記のHis修飾もまた、触媒分子周辺のナノメートル単位の近接空間で選択的に進行する。すなわち、上記のラジカル反応によるアプローチと同様に、標的と触媒分子(光増感剤)の位置関係を制御する反応場をデザインすることで、狙いの部位・領域のHisを選択的に標識することが可能となる。筆者らは大きさ約10nmの抗体のFc領域に触媒を近接させた反応場を構築するため、Fc領域結合分子とRu錯体を磁性ビーズ表面に担持した。1O2は磁気ビーズ表面から広く拡散することなく、磁気ビーズ表面のタンパク質を選択的に酸化し、酸化されたHisを、MAUraを用いて修飾しようと試みた。本アプローチによって、種々の抗体をFc領域選択的にHis修飾することに成功した(図3)14)。
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