国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構 生物機能利用研究部門 研究領域長38MEDCHEM NEWS 33(1)38-38(2023) 蚕(カイコ)は、シルクで人類に貢献してきたが、近年は創薬にも貢献しつつある。カイコの高いタンパク質生産能力を活かした医薬品原薬(組換えタンパク質)の生産の試みが進んでいる。 カイコで組換えタンパク質を生産する方法は2つある(図1)1)。1つは、筆者らが開発している組換えカイコの繭の中に組換えタンパク質を発現させる方法で、もう1つは、昆虫に感染する組換えバキュロウイルスをカイコに感染させて体液中に組換えタンパク質を発現させる方法である。組換えカイコ系では骨粗しょう症診断薬、抗アミロイドβ抗体、ラミニン511などが上市され、バキュロ系ではネコとイヌのインターフェロン、新型コロナウイルス抗体測定キットなどが上市されている。 カイコのメリットは、比較的コストが低い、スケール変更が容易、高次構造タンパク質生産が可能、糖タンパク質生産と糖鎖改変が可能、繭からの抽出が容易、室温飼育が可能でCO2排出量が少ないなどがある。デメリットは、認知度が低く、ヒト医薬品の前例がないことであろう。医薬品のハードルは高いが、GMP対応も目処がついており、希少疾病治療薬などの実用化が期待される。また、難消化性のシルクや蛹に抗原を発現させた経口ワクチンの開発も行われており、今後期待される。 カイコでの創薬として、動物倫理問題が少ないカイコ参考文献1)瀬筒秀樹,アグリバイオ,6,18-22(2022)をマウス等の代替動物として利用する試みもある。帝京大学の関水・浜本らは、治療効果を指標とした新規医薬品の探索を行い、新規抗生物質を発見した。群馬大学の武田らは、ヒト受容体を発現するカイコを用いたリガンドスクリーニングに成功している。 2022年に「テウトの創薬」(岩木一麻、KADOKAWA)が出版された。組換えカイコでバイオ医薬品の生産を目指す創薬ベンチャーの奮闘を描いた本である。フィクションだが、技術的内容はほぼそのとおりで、モデル企業も存在する。本のようにはまだ事業化が上手くいっていないが、現実になることを願って研究を進めていきたい。瀬筒秀樹(せづつ ひでき)1996年九州大学大学院医学系研究科退学1997年博士(理学)取得2000年理研ゲノム科学総合研究センター研究員2004年農業生物資源研究所研究員2013年より東京大学大学院客員教授兼任2021年より現職専門は昆虫遺伝学、研究テーマは昆虫デザイン、現在カイコによる有用物質生産を担当図1 カイコによる2つの組換えタンパク質生産系 AUTHOR Copyright © 2023 The Pharmaceutical Society of Japan瀬筒 秀樹Coffee Break蚕(カイコ)の創薬への貢献
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