MEDCHEM NEWS Vol.33 No.1
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29晶X線回折を用いるには小さすぎる1μm以下の微結晶であっても、構造解析に十分な散乱強度が得られる。また、電子回折イベントあたりの照射損傷もX線回折より小さいため、非常に小さな結晶であっても電子照射による損傷が影響を与えない条件を見つけやすい。このように非常に小さな微結晶から構造解析ができることが3D電子回折法の大きな利点である。一方で、結晶の厚みが1μmを超えるような単結晶だと、広く用いられている200keV程度の加速電圧の電子線が透過できず、構造解析ができない。もちろん、電子回折を用いるには大きすぎる単結晶であっても1μm以下になるように粉砕することにより、3D電子回折による構造解析は可能である。しかしながら、単結晶X線回折法が使えるような結晶に関しては、単結晶X線回折の方がより精密な構造が得られるため、わざわざ3D電子回折を用いる実務的な利点はないと考えてよいだろう。このように単結晶X線回折と3D電子回折は、結晶の大きさに応じて相補的に活用する手法といえる。 測定における違いは、もちろん一つはハードウェアがあげられる。電子回折の測定には汎用TEMが用いられてきたが、3D電子回折測定に特化した商品機も上市されており、容易なオペレーションが可能となっている。単結晶X線回折、3D電子回折ともに結晶に対する入射角度を変化させて回折パターンの測定を行う。単結晶X線回折では、複数の回転軸をもつゴニオメーターを用いるのに対して、3D電子回折では一般的には1軸ゴニオメーターが用いられる。加えて、多数の結晶をグリッドと呼ばれる平板の上に載せて測定が行われるため、回転できる角度は通常-70~+70度程度の範囲に限られる。その範囲を超えると複数の結晶が重なってしまったり、結晶がグリッドの陰に隠れてしまう。そのため単一の結晶だけでは、completenessが上がらないこともある。そのような場合には複数の結晶から得られるデータをマージして解析する手順が必要になる。また、電子回折では測定ごとに多少カメラ長が変化しうる。そのため、解析で得られた格子定数にはある程度(数%程度)の誤差が含まれうると考えた方がよい。 測定データの解析には、一般的には単結晶X線回折法で用いられるソフトウェアが用いられるが、近年は電子回折に特化したソフトウェアがフリー、商用ともに開発されている。特に電子回折に特有の多重散乱(結晶の中で電子が複数回散乱すること)を解析に取り込むためには、このような電子回折に特化したソフトウェアによる解析が必要になる5)。 X線回折で観測されるのは電子密度分布であるのに対して、電子回折では静電ポテンシャルが観測されることも重要な違いの一つである。そのためX線回折では、散乱角ゼロの原子散乱因子の強度は常に電子数(電子密度の積分)となる。一方で、電子回折の場合には電子の分布によって静電ポテンシャルの積分は変化するので、原子散乱因子が必ずしも電子数もしくは原子番号に比例するというわけではない。これは、有機物においては炭素・窒素・酸素の区別があいまいになる結果となり、またアルミ・ケイ素の区別も困難である。これらの問題 は、固体NMRを用いることにより解決できることが示されている。固体NMRでは、原子核を直接観測することができるので、炭素(13C)、窒素(14N、15N)、酸素(17O、ただし実際には観測は非常に困難)を明瞭に区別でき る。固体NMRを用いる解析では、3D電子回折で得られた構造を第一原理計算で最適化したうえで、NMRパラメーター、特に測定が容易な化学シフト(NMRのピークの位置)を計算し、実測値と最も一致するものが正しい元素であると判断する6)。このような解析はNMR結晶学として近年盛んに行われているアプローチであり、多くの場合はX線回折のデータの精密化に用いられているが7)、先にあげたように電子回折データの精密化にも非常に有力である6)。 水素原子の観測にもX線回折と電子回折に大きな違いがある。まず、電子回折は原理的にはX線回折よりも水素原子から強い散乱が得られるため、X線と比べると水素原子の観測を得意とする。実際に、動的散乱の影響を考慮して精密化を行うことにより、水素位置が決定できることが報告されている8)。とはいえ、常にすべての水素が見えるわけではないことは注意すべきである。X線回折では、電子密度を観測するために水素原子の原子核位置ではなく、結合相手の原子方向にシフトした位置に現れる。そのため、H-X結合の距離をX線回折で評価すると実際の原子間距離よりも短く表れる傾向がある。一方で電子回折では、水素原子核に対して非対称の電子分布を反映して、ネガティブの静電ポテンシャルが結合相手の原子と反対方向に現れることがある。これらの現象のため、精密な水素原子位置は、十分注意して評価する必要がある。幸い、先に述べたように第一原理計算による構造の最適化により水素原子の位置の精密化が可能であり、水素(1H)のNMRパラメーターの計算値と実測値の一致を確認することにより、その構造の確か

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