MEDCHEM NEWS Vol.33 No.1
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7. おわりに19NAD+前駆体であるNMNを眼局所に付与すると、NAD+依存性3β-HSDの酵素活性が回復し、マイボーム腺の組織 委縮の回復とともに、MGDが緩和される。イントラクラインイントラクラインマイボーム腺図5  NAD+による眼瞼イントラクライン機構を介した加齢性MGD軽減法 活性活性老化ドライアイ(MSG)減少者には細胞内のPARP等によるNAD+消費活性の増加と細胞外でのCD38等によるNAD+およびNAD+前駆物質の分解亢進が寄与すると考えられる7~11)。 安定同位体を用いた細胞内外でのフラックス解析により、老化によって最も影響を受けるNAD+関連の脆弱ポイント(酵素やトランスポーター)の発見ができれば、それ(ら)を標的とした加齢性MGDに対する新たな治療戦略につながる可能性がある。 ヒトのマイボーム腺にもマウスと同一のNAD+要求性3β-HSDが強く発現することから、今後、MGDおよび合併ドライアイ症の治療に向けた臨床応用が期待される4,5)。 現在のドライアイに対する治療としては、涙液の分泌低下に伴う涙液減少型ドライアイに対してはジクアホソルナトリウム点眼液が、角膜上皮の涙液の伸展・保持に寄与する膜型ムチンの異常に伴うBUT短縮型ドライアイに対してはレバミピド懸濁点眼液が推奨されている。また、涙液の補充を目的とした人工涙液やヒアロン酸点眼液が投与されている。しかし、MGDの関与が示唆されている涙液油層の異常による蒸発亢進型ドライアイに対しては、現状では薬物による治療法が確立されておらず、First in Classの薬剤開発が待たれている。 これまでに、性ステロイドホルモンであるアンドロゲンを直接点眼投与した臨床治験があるが、明確な薬効が報告されていない12)。細胞外から投与されたアンドロゲンは速やかに分解されることから2)、アンドロゲンによ参考文献 1) Labrie F., Mol. Cell. Endocrinol., 78, C113‒118 (1991) 2) Bron A.J., et al., Ocul. Surf., 15, 438‒510 (2017) 3) Jones L., et al., Ocul. Surf., 15, 575‒628 (2017) 4) Sasaki L., et al., Nat. Aging., 2, 105‒114 (2022) 5) Yoshida M., et al., Nat. Aging., 2, 97‒99 (2022) 6) Hamada Y., et al., Ocul. Surf., 26, 268‒270 (2022) 7) Covarrubias A.J., et al., Nat. Rev. Mol. Cell. Biol., 22, 119‒141 (2021) 8) Yoshida M., et al., Cell. Metab., 30, 329‒342 (2019) 9) Grozio A., et al., Nat. Metab., 1, 47‒57 (2019)る脂質マイバムの供給を正常化するには、細胞内でアンドロゲンを産生させるため、産生細胞内の3β-HSDを活性化する必要があり、補酵素NAD+の前駆体であるNMNの外部からの補充のみが有効な治療法になると考えられる5)。 直接的なステロイドの点眼法は、副作用の問題から用量の制限もある。これに対し、今回のイントラクライン活性化法は、非ステロイド薬のNMNを用いてマイボーム腺内の本来あるべき細胞で生来のステロイドホルモン産生を正常化するため、副作用等の問題も回避できる可能性がある。眼局所への時刻特異的な投与法であるという点も、全身暴露の最小化とともに、適時適所送達による薬効最大化に寄与すると期待される。 MGDのみならず、老化による病気の解明は高齢化社会の重要な医療課題である。生殖腺から放出される血中のステロイドホルモンの減少は、多くの老年病に関係する。従来の血中ホルモンではなく、組織局所のイントラクラインを強化するという新しい発想の治療法がMGD以外の加齢性疾患に対しても適応できるかもしれない。

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