6. なぜ老化でNAD+量が減少するのか 4. 3β-HSDの活性制御の要となる補酵素NAD+ 筆者らは、さらに、マイボーム腺の3β-HSD活性には昼夜の顕著なリズムがあること、そして、そのリズムや加齢による活性低下の原因が、酵素自身の発現量の変化ではなく、酵素が触媒反応に用いるNAD+の細胞内濃度変化にあることを突き止めた。 3β-HSDはNAD+を補酵素として要求する酵素であるが、細胞内の当該酵素を制御するレギュレーターとしての役割がNAD+にあるのかどうかは確かめられていなかった。筆者らは、ヒトのステロイド産生細胞において、細胞内のNAD+産生を薬理的に阻害あるいは阻害から回復させると、酵素活性が実際にNAD+とともに増減すること、さらには、試験管内での精製酵素を用いた実験においても、生理的濃度のNAD+変化によって 3β-HSDの酵素活性が劇的に変化することを見出した4)。 Hsd3b6のNAD+に対するミカエリス定数Kmはおよそ20μMであるのに対し、実際にマウスのマイボーム5. 点眼NAD+前駆体補充によるMGD軽減18図4 NMN点眼によるマイボーム腺の組織再生とドライアイ症状の改善めとするすべての生理活性を有するステロイドホルモンの生合成に必須の酵素であり、組織発現分布の異なる複数のサブタイプが存在する。筆者らは、卵巣や精巣等の生殖腺に発現する古典的酵素とはサブタイプの異なるType Ⅵ 3β-HSD(遺伝子名Hsd3b6)がマイボーム腺のステロイド産生を担う鍵酵素であることを明らかに した。 遺伝学的手法を用いて眼局所のHsd3b6遺伝子を欠損させると、マイボーム腺のイントラクライン活性が消失し、組織増生に必要な遺伝子群の発現低下とともにマイボーム腺の萎縮とドライアイが発症する。つまり、この酵素の活性をうまく取り戻すことがMGDの治療につながるのではないかと考えられた。腺内の内因性NAD+濃度を測定したところ、若齢期には20μM程度あったものが、加齢で10μMにまで減っていた。NAD+が生体内においても酵素活性を制限していることが推定される。 以上の独自の知見をもとに、筆者らは、NAD+のマイボーム腺内濃度を効率よく上げる方法を考案することによって、MGDおよびMGDによって生じるドライアイ症の治療が可能になることを示した(図4)。 具体的には、NAD+の生体内前駆物質であるニコチンアミドモノヌクレオチド(NMN)を用いて、3β-HSDの酵素活性ピーク時刻をねらった眼局所への点眼投与を行うという方法をとることにより、マイボーム腺のイントラクライン機構が効率よく再活性化され、腺細胞の再生とともにドライアイが緩和されることを見出した (図4)。 以上の結果から、今回のNAD+前駆体を用いた眼瞼イントラクライン機構の再活性化法が、現状において治療満足度の低いMGDに対し、明確な機序に基づく治療アプローチの提案につながる可能性があることを示した(図5)。 現在のところ、マイボーム腺内のNAD+量がなぜ老化により減少するのかその機序は掴めていないが、その可能性として、NAD+の産出量の低下あるいは消費量の増加が考えられる。前者には細胞内の合成活性の低下と細胞外からのNAD+合成基質の取り込み低下が、後―今後の課題―
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