215図4 Tofacitinibとlorlatinib、それぞれのkinaseの共結晶構造と選択性に影響を与える化合物の構造的特徴図5 TCIの共有結合部位(Cys)と開発中の阻害薬例5-2.大環状型阻害薬-Lorlatinib Lorlatinibは、ALK阻害薬耐性変異の発現がん、およびその脳へ転移したがんの治療を目的に開発された大環状型構造の阻害薬である。ヒンジ部のLeu1198はALKの特徴で、他のkinaseでは芳香環側鎖のTyrやPheが大半を占める。Lorlatinibのピラゾール環上のシアノ基は選択性の確保を目的としてデザインされたが、環状構造であるためその反転を防ぎ効果的にポケットを占有している(図4)。環化によりコンパクトな構造になったことで細胞膜透過性が向上し、ALK野生型、変異型の両者に対し阻害活性が大きく増強するとともに、P糖タンパク質に対する親和性が減弱したことで、中枢移行性も示した15)。できる期待がある。加えて、立体的な構造は物理化学的性質の観点からも望ましく、物性面で有利となることが多い。6. 共有結合型阻害薬-Afatinib、Ibrutinib 低分子リガンドポケットに相互作用する化合物に、その近傍に存在する求核性をもつアミノ酸側鎖、例えばCysと共有結合を形成する官能基(warhead)を導入することで、阻害活性、選択性を大きく向上させた共有結合型阻害薬をTargetedCovalentInhibitor(TCI)16)と呼ぶ。2013年のEGFR/HER2阻害薬afatinib、およびBTK阻害薬ibrutinibの承認以降、本アプローチを用いた創薬研究が活発化している。Warheadは反応性の低いマイケルアクセプターを用いることが多く、標的とした部位のCysに対する共有結合の選択性を確保するとともに、血液中の安定性が制御される。 このTCIアプローチはすべてのkinaseに適用できるわけではなく、狙える標的は、i)リガンド結合部位近傍に求核性をもったCysが存在すること、ii)そのCysに化合物がアクセス可能なこと、といった条件を満たす必要がある。承認薬が存在するEGFR、HER2、およびBTKのTCIは、ヒンジ領域C末端の同じ部位のCysと共有結合するが、約500種類存在するkinaseの中でこの部位にCysを有するkinaseは11種と限られており、これが高い選択性を示す要因となっている。同じ部位のCysを標的としたTCIは、他にJAK3とITK阻害薬が、他部位のCysを標的としたTCIは、FGFRとFLT3阻害薬が臨床試験中である(図5)。 現在承認されているkinaseTCIは、いずれもがんを適応症としているが、BTKTCIのevobrutinibやtolebrutinibは多発性硬化症患者を対象としたPh3試験が進行中であり、本アプローチの自己免疫疾患への展開も進んでいる。7. Kinase創薬の今後の展望・ 以上のように、imatinibの承認以降20年間でさまざまなタイプのKinase阻害薬が創製されている。Kinase創薬初期の最大の課題であった選択性の確保は、個々の標的の特徴に応じた創薬アプローチで克服してきた。最近では共結晶構造情報を活用し、分子シミュレーション技術を用いたSBDDによって、活性、選択性の向上が図られている。一方で、新たな課題も明らかとなった。前述のとおり、がんの治療における獲得性薬剤耐性は最大の課題である。また、フィードバック阻害によるシグナル系の活性化作用や、kinaseの酵素活性以外の機能も重要となる標的の場合は、期待した薬効が得られないこともある。このような課題に対する創薬アプロー新たなアプローチ
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