1922-2.RXR部分作動薬CBt-PMN(3) まず、部分作動薬について触れたい。完全作動薬と部分作動薬を同等の生物応答を生じる濃度で用いた場合、両者には差がないように見える。しかし、「余剰受容体(sparereceptors)」の有無、薬物受容体複合体の構造変化に着目すれば、両者は同じとはいえない。「余剰受容体」とは、最大応答(固有活性1)を生じる際に存在する、薬物に占有されてない受容体を指す。完全作動薬の生物応答が薬物受容体複合体のみで生じるのではなく、薬物受容体複合体に結合し、次なるシグナル伝達へと受け継がれる「ポストレセプターシグナル伝達経路」に携わる共役因子などが飽和することで説明される。一方、部分作動薬は余剰受容体がないか少ない状態で、1以下の固有活性を示す。部分作動薬であれば、薬物受容体複合体における構造変化が完全作動薬と異なり、その後の生物応答を制御する共役因子に対する選択性を生じることなどが期待される。 LG101305(1)、bexarotene(2)などのRXR完全作動薬は、疎水性ドメイン、酸性ドメイン、およびそれらをつなぐ連結ドメインから構成されるものが多い(図1A)。筆者は、連結ドメインと疎水性ドメイン、もしくは酸性ドメインに環状構造を導入することで分子構造の柔軟性に制限を与えれば、RXR活性化が不完全な作動薬の創を標的にこれを実現することに興味を抱いた。西洋食に含まれる脂質などによって崩れた体内環境(恒常性)の改善を、RXRを標的に目指すことを考えたのである。皮膚浸潤性T細胞リンパ腫(CTCL)に使用されるRXR作動薬のbexarotene(2)(図1A)は、がん11)、アテローム性動脈硬化症12)、パーキンソン病13)など、複数の疾患モデルにおいてその治療効果が報告されている。しかしながら2は、催奇形性、肝腫大や血中トリグリセリド上昇などの副作用が見られるため、そのドラッグリポジショニング、またRXR作動薬の医薬開発も滞っている11)。これらの副作用がRXRを標的とするがために生じるのであれば、以後の研究は意味をなさない。しかし筆者らは、これらの副作用は、分子構造やRXR以外に対する作用に起因すると考えた。また、上記副作用が認められるRXR作動薬は、2を含めRXRを完全に活性化するRXR完全作動薬であることから、完全作動性も疑った。筆者らは、RXR活性化によって得られる治療効果と副作用に閾値差があると仮定し、RXR部分作動薬に焦点を当てた研究を開始した。2-3.CBt-PMN(3)はDSS誘発性大腸炎を改善する16) 雄のC57Bl6/Jマウスに2%DSS水溶液を6日間自由飲水させた後、飲料水へ切り替えることで、体重減少、下痢および血便に加え、明らかな結腸の短縮と浮腫が認められる腸炎モデルマウスを作製した。これに対し3を30mg/kg/dayで投与したところ、これらの病態は未治療群に比べ改善した(図2A-C)。さらに、組織学的な解析の結果、未治療群ではクリプトの損傷、粘膜層への炎症性細胞の浸潤、杯細胞の損失が認められるが、3投与群ではその改善が認められた。DSS腸炎モデルでは、大腸に浸潤した単球によるTNF-αやIL-6などの炎症性サイトカインの産生が消化管炎症の一因である。3投与群ではこれらの発現が未治療群と比較して有意に低下した。DSS腸炎マウスの大腸粘膜固有層に存在する免疫細胞を単離し、フローサイトメーターを用いて解析した結果、未治療群と比較して3投与群は、抗炎症作用を示す消化管常在性macrophagesの割合が有意に増加していた。炎症性細胞である好中球の割合が有意に減少していたが、単球の割合については2群間で差が認められない。DSS誘導性大腸炎ではIL-6やTNF-αといった炎症性サイトカインを強く発現しているLy6Chi単球が血管から大腸へと遊走し、炎症を増悪させると考えられている17)。そこで、3が単球の機能に影響しているのではないかと考え、Ly6Chiが単球をソーティングし、炎出につながるのではとの仮説を立てた(図1B)。合成された化合物についてCOS-1細胞を用いた転写活性試験を施した結果、CBt-PMN(3)がRXR部分作動薬(EC50=143nM、Emax75%)として見出された14)。3は、マウスに30mg/kgにて単回経口投与した際の血中濃度は約5μMと、3のRXRに対するEC50を十分上回り、かつその血中半減期は6時間以上である14)。3をマウスに30mg/kg/dayで1週間以上反復投与したところ、RXR完全作動薬によって認められた肝肥大、血中トリグリセリド上昇などの副作用が抑えられた。また、2型糖尿病の広く使用されているモデルであるKK-Ayマウスへ10mg/kg/dayで経口反復投与したところ、強力な血糖値の低下とインスリン抵抗性の改善が認められた14)。 先にも述べたように、DHAをDSS誘発IBDモデルマウスへ経口投与することにより炎症性大腸炎を軽減すること15)、DHAのRXR転写活性化(EC50=50~100μM)6)より、CBt-PMN(3)が優れている。このような背景から、3の腸炎治療効果に興味がもたれた。
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