MEDCHEM NEWS Vol.32 No.3
35/60

5. 相分離「制御」の破綻7. おわりに6. 相分離「創薬」147疾患治療の観点からも、ますますの研究開発が進められることが期待される。 ALSの変異の同定は、約30年前の1993年にさかのぼる28)。第1号の報告は、ラジカルスカベンジャー機能を有するSOD1であり、遺伝子同定から30年を経て治療薬の臨床試験が複数進行している。2010年前後には、相分離と関連性のあるFUSやhnRNPsやTDP43等が報告されたが、共通の病態発症機序は未だに明らかになっていない。 現時点で最も頻度の高い遺伝子異常は、C9orf72の繰り返し配列の異常伸長(repeat expansion)とされている29)。この遺伝子異常から、非典型的な翻訳を通じて、5種類のポリジペプチドが産生され、そのうちアルギニンを含むPRn/GRnが最も毒性が高いことが知られている14)。C9orf72異常によって産生されるPRn/GRnは、LCドメインを標的とし、相分離破綻を生じさせる11,30)。さらに、PRn/GRnは相分離を制御する分子シャペロンに対して拮抗的に結合し31,32)、結果として相分離制御を破綻させることも明らかとなってきた33)。このように、PRn/GRnは、LCドメインを標的として相分離破綻を引き起こすだけでなく、相分離シャペロンを標的とし 相分離制御破綻をも引き起こすことが明らかとなって きた。 2021年は、人工知能(AI)が生命科学の歴史に新たなページを刻んだ。多くの方の記憶に新しいかと思われるが、DeepMind社によるAlphaFold2のリリースによって、アミノ酸の配列から分子の構造を精度高く予測することが可能となった33)。このことで、これまで数年かけて結晶構造解析で明らかにしていた分子構造が、AIによって予測可能になり、構造生物学に大きなパラダイムシフトを起こした。 2010年代に急速に普及したクライオ電顕による単粒子解析技術は、巨大分子複合体の解析を可能とした。しかしながら、クライオ電顕も結晶構造解析と同様に、分子の静止画を捉える技術であり、分子の動的情報を評価するのには適していない。溶液核磁気共鳴法(NMR)は、空間分解能ではまだまだ改善の余地が残されているが、参考文献 1) 白木賢太郎著, 相分離生物学, 東京化学同人 (2018) 2) 白木賢太郎編, 相分離生物学の全貌, 東京化学同人 (2019) 3) Brangwynne, C.P., et al., Science, 324, 1729‒1732 (2009) 4) Li, P., et al., Nature, 483, 336‒340 (2012) 5) Han, T.W., et al., Cell, 149, 768‒779 (2012) 6) Kato, M., et al., Cell, 149, 753‒767 (2012) 7) Dyson, H.J., et al., Nat. Rev. Mol. Cell Biol., 6, 197‒208 (2005) 8) Taylor, J.P., et al., Nature, 539, 197‒206 (2016) 9) Murray, D.T., et al., Cell, 171, 615‒627.e16 (2017)10) Shi, K.Y., et al., Proc. Natl. Acad. Sci., 114, E1111‒E1117 (2017)11) Lin, Y., et al., Cell, 167, 789‒802.e12 (2016)X線結晶構造解析やクライオ電顕と組み合わせることで、分子の動的評価が可能である点において非常に強力なツールとなり得る。言うならば、NMRは分子の動画を作成するうえで、重要な基盤技術になり得る可能性を秘めている。 2010年代の生命科学分野における相分離研究の盛り上がりを受け、2020年代は相分離における分子の動態評価へと進んでいくことが求められ、期待されている。そのためには、基盤となる技術開発が欠かせない。NMRの解析技術開発による空間分解能の向上と解析速度の上昇に加え、さらなるさまざまな分子動態解析技術の開発が求められる。相分離を理解し、相分離を制御し、相分離を標的とすることで、相分離創薬が現実のものとなる日が近づきつつある。 世界は今、シリコンバレーにおけるスタートアップビジネスが、バイオベンチャーにまで大きく拡大し、大規模な資金調達を伴う創薬ビジネスが活発化している。相分離関連では、Anthony HymanらによるDewpoint Therapeutics(2018年創業)やClifford BrangwynneらによるNereid Therapeutics(2020年創業)やMichael RosenらによるFaze Medicine(2020年創業)が数十億円~数百億円規模の資金調達を実現し、創薬開発を推 し進めている。日本国内では、創薬に限らず、スタートアップビジネスの環境はまだまだ不十分であり、欧米と同様の大規模な創薬ベンチャーの誕生には、まだ時間を要するかもしれない。しかし、日本政府も10兆円ファンド等の政策を打ち出すなど、日本発の創薬に向けて動き始めている。相分離創薬を含めた、日本国内のバイオベンチャーの今後の動向に注目していきたい。

元のページ  ../index.html#35

このブックを見る