MEDCHEM NEWS Vol.32 No.3
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4. 相分離「制御」3. 相分離「破綻」146低い頻度となっている領域に対して用いられることからこのように呼ばれ、低複雑性配列とも訳される。ある特定のRNA結合タンパク質が自己集合し相分離した液滴を形成する際、その駆動力としてこのLCドメインが積極的に使われ、重要な役割を担っていることが、次々と明らかになった。そして、「天然変性」という言葉からすると逆説的ではあるが、同じ分子がtransに相互作用し複数のβシートを介してcross-βポリマー構造という、変性状態ではない構造をとることについても注目を集めた。 アミロイドは、古くは病理組織でデンプンのように見えたことから名づけられたが、実際はタンパク質が凝集した状態であるということが最近では認識されている。このアミロイドは、クロイツフェルト・ヤコブ病に代表されるようなプリオンや、アルツハイマー病に代表されるようなAβやTau等の凝集体と同様、cross-βポリマー構造をとる特徴があり、タンパク質の恒常性(プロテオスタシス)が破綻した病的な凝集体の代名詞とも考えられてきた。 2010年代、世界中の研究者らは、天然に構造をもたないLCドメインがどのようにして相分離を駆動しているのか、さまざまな角度から研究を行い、大きな議論を巻き起こした。FUS(fused-in-sarcoma)に代表されるようなRNA結合タンパク質は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)等の神経変性疾患の疾患原因遺伝子変異と深く関連しており、多くの変異がLCドメインに存在することから、LCドメインのRNA結合タンパク質の生理的機能において重要な役割を担っていることが示唆されるようになってきた8)。さらに、LCドメインに疾患変異が入ることで、タンパク質自体が凝集しやすくなり、多くの場合、アミロイド様の線維形成が認められた。こうして、相分離の破綻の1つの側面として、cross-βポリマー構造の線維伸長が認識されるようになっていった。 一方、病的な凝集だけに留まらず、生物はLCドメインの機能発現のために、アミロイド様線維の基本構造であるcross-βポリマー構造を積極的に活用していることも明らかになってきた9)。その例は、FUSなどのRNA結合タンパク質だけに留まらず、核膜孔のサイズバリ ア10)や中間径フィラメントのフィラメント形成11,12)など、多岐にわたる。こうした知見の蓄積とともに、機能を有する機能性アミロイドの存在も認識されるようになってきた。 2000年代には、さまざまなタンパク質の翻訳後修飾に関する研究が進められ、ヒストンのみならず多様な生命反応において、翻訳後修飾が生命機能の動的シグナルとしての機能を担っていることが明らかとなった。その後、さまざまな研究からLCドメインの相分離は、リン酸化5,9,12~14)やメチル化15)や酸化還元16,17)などの翻訳後修飾によって制御を受けていることが明らかにされた。生体高分子の集合状態である相分離は絶妙な相互作用のバランスにより成り立っているが、翻訳後修飾によりアミノ酸の性質をわずかに変化させることで、相分離の状態を制御すると考えられ、翻訳後修飾の新たな意義が見出された。 LCドメインの相分離制御を担う分子についての理解も深まりつつある。その草分け的存在として知られるのが、2010年代に発表されたKaryopherin β2(Kapβ2)による相分離制御である15,18~20)。その後も、複数の分子について相分離制御機能をもち、「相分離シャペロン」として機能をもつことが報告されている21~23)。これら相分離シャペロンの多くは、従来は構造タンパク質の機能制御、特にフォールディングや凝集抑制などの過程において、機能する分子シャペロンという分子群である。分子シャペロンによるタンパク質フォールディング制御については、1990年代~2000年代の研究を通じて認識されるようになった24~26)。相分離研究の進展によって、分子シャペロンが機能的な分子集合の制御機能をもつことが明らかになり、細胞内でのプロテオスタシス維持における分子シャペロンの重要性が見直されつつある。すなわち、相分離研究が分子シャペロンを再発見したと言い換えることができるだろう。 さらに、最近の研究では、LCドメイン同士の制御機構についても明らかになってきている27)。これは、1つの分子内におけるcisの相互作用において生じる現象で、FUSのLCドメインでは、N側コア領域とC側のコア領域が互いの相互作用において抑制的に働き、病的な凝集体形成が生じにくくなっている、自己制御機構が存在していることも明らかになりつつある。このように、相分離の制御と一口に言っても、さまざまな階層での制御が存在していることがわかりつつある。相分離の制御は、

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