〔SUMMARY〕1.はじめに2. 相分離「駆動」MEDCHEM NEWS 32(3)145-148(2022)145Keyword biological phase separation, low-complexity (LC) domain, intrinsically disordered protein/region (IDP/IDR), cross-β polymer, phase modifier*1 奈良県立医科大学 医学部 准教授 Associate Professor, Department of Future Basic Medicine, Nara Medical University*2 立命館大学 生命科学部 生物工学科 講師 Lecturer, College of Life Sciences, Ritsumeikan University*3 徳島大学 先端酵素学研究所 分子生命科学分野 教授 森英一朗Eiichiro Mori*1・吉澤拓也Takuya Yoshizawa*2・齋尾智英Tomohide Saio*3 ここ数年は、生物学的な文脈での「相分離」という言葉自体が、市民権を得てきたように思える。筑波大学 の白木賢太郎による2018年の「相分離生物学」(著:白木)1)と2019年の「相分離生物学の全貌」(編:白木)2)を含め、その他諸々の講演会や研究会開催による活動は大きな影響があったと言える。今ここでこのようにしてこの原稿を書いているのも、白木の築き上げた基盤のお陰と言っても過言ではないだろう。2009年のAnthony HymanとClifford BrangwynneらによるScience論文3)と2012年のMichael RosenらのNature論文4)とSteven McKnightらのCell論文5,6)等を皮切りに、2010年代は生命現象における生体分子の相分離現象が非常に注目を集めた。諸々の詳細については、先述の著書等をご参照願いたい。本稿では、最近の研究による生命における相 タンパク質や核酸(DNA/RNA)といった生体分子が集まることで機能する現象を、生物学的な「相分離」として記述し理解しようとする取り組みが2010年代活発に行われた。神経変性疾患の原因遺伝子変異の解析から、RNA結合タンパク質などの天然変性領域をもった分子の機能が相分離と関連づけて解釈されるようになり、疾患の理解が深まった。分子の機能が相分離の「駆動」や「制御」によって調節され、これらの破綻によって凝集状態に至るなど、分子シャペロンや翻訳後修飾などの捉え方も、相分離メガネを通じて変化してきた。そこに、2021年に登場したAlphaFold2による高精度な構造予測が達成され、生命科学は大きなパラダイムシフトを経た。本稿では、2020年代の治療薬開発の未来について、議論したい。In 2010s, researchers realized that biomolecules, such as proteins and nucleic acids (DNA/RNA), associate to form liquid-like droplets, and called this as biological phase separation. Genetic studies of neurodegeneration provided information that RNA binding proteins with intrinsically disordered regions are prone to self-associate to drive phase separation, and studies about phase separation with disease-related mutations led us better understanding of pathophysiology of these diseases. These proteins are driven and regulated to phase separate, and if dysregulated, result in aggregation. Further, molecular chaperones and post-translational modifications serve as modifiers of biological phase separation. The release of AlphaFold2 in 2021 enables life scientists to predict three-dimensional protein structures with high accuracy, and this was a real game changer. We discuss how the future drug discoveries will be like in 2020s.分離のメカニズムの理解の深化について俯瞰的に解説し、メカニズムの理解を基盤とした創薬展開の動向や展望について議論する。 相分離を駆動する機序は、多価的な相互作用を含めて書き出せば、タンパク質・RNA・DNAを含め、いくつもあげられる。その中で、2010年代に最も注目されたものとして1つ選ぶならば、「天然変性タンパク質」をあげたい。天然変性タンパク質(もしくは天然変性領域)は、2000年頃のNMR研究から、その存在が広く知られるようになった7)。「天然に変性している」とは、「結晶構造解析では定まった構造をもたない(見えない)」とほぼ同義であると言ってよいだろう。つまり、見えないものに対して名前を与えたことによる発見の意義が、この名前自体に含有されている。 2010年代に、天然変性タンパク質とほぼ同義語として使われるようになったのが、LC(low-complexity)ドメインという言葉である。20種類存在するアミノ酸が、自然界の出現頻度の5%よりも極端に高いもしくはProfessor, Institute of Advanced Medical Sciences, Tokushima UniversityDisrupting phase modifiers and targeting phase disruptors相分離制御破綻と創薬展望
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