MEDCHEM NEWS Vol.32 No.3
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5. IDP創薬を加速する溶液NMRとインシリコ4. IDP創薬を加速するバイオインフォマティ6. おわりに138疎水性と芳香族性が高く、また環状化合物として環の数も多い傾向がある、としている。注意すべきは、解析対象のIDP阻害剤は試験管内で活性があるシード化合物が中心で、他方、比較対象であるFDA医薬品は経口薬が多数含まれている点である。この差は母集団の性質にそもそも存在するバイアスの差とも考えられる。 さて、第2項でも述べたように、IDP/IDRは構造をもつタンパク質と較べて、その分子機能のアノテーションが進んでいない分子が多いことが知られている。さらに、鍵と鍵穴のスキームに従い、生理的な酵素基質やリガンドを参考にしたり、形状からポケットを探索するなどしたあとに阻害剤を設計するという、化合物による単純な介入戦略が適用しがたい。それは前述の図1のように、IDP/IDRが生理機能や病態を発揮するためのメカニズムが複数想定されるためである。そのためIDP創薬を進めるためには、まず標的となるIDP/IDRの機能を、系統だてて予測しなければならない。 やや古くなるが2014年にvan der LeeらがまとめたIDPの機能分類に関する総説には7)、バイオインフォマティクスと実験を組み合わせてこれを効率よく予測するためのスキームが詳細に記されている。具体的には、(1)まずは候補タンパク質のIDRを複数のサーバや予測プログラムを利用して予測したあと、(2)タンパク質相互作用に関わる認識モチーフ(リニアモチーフ)を予測してその相互作用相手をリスト化する、(3)並行してリン酸化などの翻訳後修飾に関わる残基を予測により特定する、(4)他方、ドメイン全体がIDRであるドメインがいくつか知られているので、その有無を探す、(5)明確な配列モチーフがない場合でもIDPの相互作用に関わる領域に特徴的なアミノ酸組成などを指標に、重要な部位を予測する、といった解析法が紹介されている。筆者はこの解析スキームにさらに、(6)タンパク質の細胞内凝集やアミロイド形成しやすいアミノ酸領域の予測と、(7)LLPSに関与する領域の予測、の2項目を加えたい。予測ののちに、組換えタンパク質を利用して試験管内で予測が検証できれば、化合物スクリーニング系の構築も容易になるはずである。 D. E. Shaw研究所(創薬を対象とした分子動力学(MD)計算に特化したコンピュータを開発している米国企業)のRobustelliらは、最近、溶液NMRとMDシミュレーションを組み合わせてα-シヌクレインの凝集阻害薬を探索・開発するとともに、そこに用いられた手法を公開した10)。α-シヌクレインは140アミノ酸のIDPであり、微小管や細胞膜に結合し、神経細胞が正常に機能するのに必要なタンパク質である。最初期にハイスループットスクリーニングにより得られてきた化合物fasudilとα-シヌクレインを共存させた長時間のMD計算により、以前にNMR法で決定されていたIDP/薬剤複合体の構造がMD計算のみでも再現できた、と報告した。ただしMD計算からは、化合物に複数存在する官能基とIDPの相互作用が同時に起こるわけではなく、その一部が交互にIDPと接触するという、動的な分子認識機構をとるものであった。分子設計により個別の相互作用を最適化しつつ、変化した相互作用様式やポケット構造を逐次MD計算とNMR法で確認・検証して反映していくことで、化合物最適化が達成できた。 図2は、Robustelliらの報告に着想を得て、IDPの柔軟な性質を克服しつつ計算科学による創薬支援を活用するために適した、溶液NMR実験と仮想スクリーニングの「混合サイクル」を示した。前述のようにIDPは単独では明確な安定な立体構造をもたないため、ポケットの立体構造も定まらず、仮想スクリーニングによる高速化の恩恵は受けにくい。反対に、結合する候補化合物が入手できれば、化合物に誘起されたポケットの立体構造をNMRにより決定することはさほど難しくない。しかし、メディシナルケミストの手による化合物展開を経て誘導体が得られた場合、その誘導体により誘起されるIDP上のポケット構造は、母体となったポケット構造とは異なる可能性が高いことも、併せて示された。そのため、アフィニティーの高い化合物を得るためには、新たな候補化合物が発見・合成されるたびに、その複合体構造を何回でも決定していくという、図2のサイクルを連続的に回す必要があると考えられる。 本稿では、promiscuousな配列認識や複数の標的タンクス創薬の併用スキーム

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