3. ガラスのように見えるタンパク質の透明 133図2 ヒト免疫グロブリンGが形成する透明濃縮物タンパク質は超遠心分離をすることで、きわめて透明度の高いガラスのような状態になる。は、先ほど示したような2種類のタンパク質の混合や、タンパク質溶液の加熱に伴う凝集によって見られる白濁とは異なり、少し青味を帯びた透明な状態であり、オパレッセンスと呼ばれる4)。抗体溶液のオパレッセンスがどのような仕組みで生じるのかを明らかにするため、タンパク質溶液を直接観察できる顕微鏡や、タンパク質分子間の相互作用に影響する添加剤を用いて調べた5)。ウシ由来γグロブリンの濃度を変えたサンプルを準備すると、低濃度では透明だが、約50mg/mLで白濁した状態になる。この状態は光が通らないので、バイアルに溶液を入れると後ろにあるものは見えなくなった。それより高濃度の約120mg/mLのγグロブリンの溶液は、青みを帯びた透明度の高いオパレッセンスの状態になった。γグロブリンの濃度がさらに高くなると約230mg/mLで白濁が増えていき、バイアルの裏側が見えなくなるほどになった。 γグロブリンのオパレッセンスの状態を、水溶液中の試料が測定可能な透過型電子顕微鏡で観察すると、タンパク質が均質に分散しているのではなく、濃淡のあるネットワーク構造をつくっていることがわかった5)。イオン強度を上げるとオパレッセンスの状態がなくなるので、一部は静電相互作用でこの状態が安定化されているのだろうと考えられる。γグロブリンのオパレッセンスの状態は、アルギニンやその誘導体を添加すると弱められるので、一部はカチオンπ相互作用でタンパク質分子間が安定化されていると考えられる6)。 オパレッセンスの抗体溶液を超遠心分離すると、透明の固形状態の濃縮物になる7)。水溶液中で静電相互作用やカチオンπ相互作用でネットワークのような構造をつくっているタンパク質は、重力を強くかけていくことで天然構造を保ったまま水分子がそこから排除され、ガラス状に固まっていくのだと考えられる。 具体的には次のような実験をした。約100mg/mLの高濃度の免疫グロブリンGやウシ血清アルブミンなどを水に溶かした。これを60万gで6時間など、通常行わないほど強い条件で超遠心分離をしたところ、透明の2つの層に分かれているのが観察できた。上層はタンパク質がほとんど含まれていない液体で、下層はタンパク質の固形物になっていた。興味深いことに下層の固形物はガラスのように透明であった。上層の水を捨ててそのまま置いておくとやがて水が蒸発し、遠沈管の底から取り出せるようになった。机の上に転がしてみると、透明のプラスチックかガラスの球のようで、タンパク質の塊には思えないような状態である(図2)。 この透明濃縮物は、150mMの塩化ナトリウム水溶液に入れると簡単に溶ける。そこで、この透明濃縮物から再溶解させたタンパク質の状態を調べたところ、遠紫外CDスペクトルおよび近紫外CDスペクトルは変化していなかった7)。すなわち透明濃縮物は、二次構造や三次構造は変化しないまま透明濃縮物を形成していると推測できた。また、サイズ排除クロマトグラフィーで調べたところ、オリゴマーや小さな凝集体も観察できなかった。なお、この透明濃縮物がガラスといえる状態なのかについては、さらに研究が必要となる。 抗体やアルブミン、プロテアーゼのウシ由来キモトリプシンも透明濃縮物になることがわかった7)。しかし、卵白リゾチームは透明濃縮物にならなかった。リゾチームの溶液を超遠心分離した後、試料を確認すると結晶が見られたので、それが原因で透明濃縮物にはならなかったと考えられる。現在のところ、結晶になりにくいタンパク質は同様の方法で透明濃縮物を形成するのではないかと考えている。この方法は凍結乾燥と比較してタンパク質の立体構造に悪影響を及ぼさないため、タンパク質の安定化の方法になるだろう。ただし超遠心装置が必要になるため多量につくるのが困難で、コストや汎用性の濃縮物
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