91図7 TokyoMagenta類を母核としたCa2+赤色蛍光プローブCaTM-31つ目に、フルオレセインのLUMOに着目すると、キサンテン環10位の酸素原子上の孤立電子対とキサン テン環のπ*軌道は反結合性相互作用を起こしLUMO エネルギーレベルを上昇させている。一方で、2-Me TokyoMagentaではキサンテン環10位の酸素原子は孤立電子対をもたないケイ素原子へと置換されているため、このようなLUMOエネルギーレベルの上昇は生じない。2つ目に、2-Me TokyoMagentaのLUMOに着目すると、環外Si-CH3結合のσ*軌道とキサンテン環のπ*軌道とが結合性相互作用を起こしLUMOエネルギーレベルの安定化を引き起こしている。3つ目に、電気陰性度の高い酸素原子を電子陰性度の低いケイ素原子に置換することで、2-Me TokyoMagentaのHOMOエネルギーレベルはフルオレセインと比較して上昇している。以上により、HOMO-LUMOエネルギーギャップが小さくなることで、2-Me TokyoMagentaの長波長化が起きたと推測された。これらの要因は、Si-rhodamine類の長波長化のメカニズムと同じである。 このように、TokyoMagenta類は、600nm付近の赤色光領域に吸収・蛍光波長をもつ蛍光団であり、さらに、その分子構造から古くから研究されてきたフルオレセインを用いた蛍光プローブの分子設計をそのまま適用可能となるポテンシャルをもっていた。一方、Si-rhodamine類とTokyoMagenta類を比較した場合、より長波長の蛍光という点では、Si-rhodamine類の方が優れているものの、Si-rhodamine類はその分子構造内にプラスチャージをもつため、生細胞へと応用した場合、多くの場合、ミトコンドリアといったオルガネラへと集積してしまう。一方、TokyoMagenta類は分子構造内にマイナスチャージをもっているため、多くの場合、特定のオルガネラへの集積というよりは、細胞質に一様に分布する性質をもっている。これら特性は、通常のrhodamine類およびフルオレセイン類にも見られる性質であり、これら性質は蛍光プローブの開発に有用である。具体例を以下に1つあげる。 Ca2+は、生体の重要なセカンドメッセンジャーとして生命現象に関与し、細胞内Ca2+濃度の変動はさまざまな生体応答を惹起している。その挙動の解析には蛍光プローブを用いた蛍光イメージングが有用であり、現在までに多くの生命現象を解明してきた。特にCa2+プローブのAM体は、培地に溶解して細胞に加えるだけで細胞内に導入することができるため、さまざまな実験に汎用されている。Ca2+蛍光プローブとしては、これまでにFluo-3、Oregon Green 488 BAPTA-1など緑色蛍光を有するCa2+プローブが広く用いられてきた。これら蛍光プローブは、高い蛍光量子収率や細胞質に分布する など、生細胞イメージングに適した性質を有している。一方、他の波長領域に蛍光を有するCa2+プローブは、蛍光量子収率が小さいことや、AM体を用いて細胞内 へと導入すると蛍光プローブがオルガネラに局在する など、その使用に制限があった。例えば、Rhod-2 AMは赤色蛍光を有する代表的なCa2+プローブであり、ミトコンドリアに局在する性質をもつ。そこで、フルオレセインの優れた特性を保持したまま、赤色蛍光をもつTokyoMagenta類を蛍光団母核として、Ca2+プローブの開発を行った15,16)。具体的には、Ca2+選択性の高いキレーターであるBAPTA(1,2-bis(o-aminophenoxy)ethane-N,N,Nʼ,Nʼ-tetraacetic acid)構造とTokyoMagenta類の構造を組み合わせることで、赤色蛍光Ca2+プローブCaTM-3を開発した(図7)。CaTM-3はCa2+濃度に依存的な蛍光強度の上昇を示すとともに、高濃度Ca2+存在下での蛍光量子収率が0.37と強い蛍光を示し、蛍
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