MEDCHEM NEWS Vol.32 No.2
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6. 結語71AUTHOR薬品にアクセスすることができず、治療の機会から取り残される。しかし、これを一企業の姿勢の問題に帰着させてはならない。なぜなら、営利企業として利益の出る市場に限定して商売を行うということ自体は、極めて自然な行為だからだ。 医薬品、特に新薬における低・中所得国でのアクセスが容易に改善されないのは、他の製造業に比べて医薬品の原価に占める開発費用の割合が大変大きいという、 業界が抱える独自の問題が影響しているように思われる。筆者もかつての勤務先で、開発品目のNPV(Net Present Value:正味現在価値)の計算をやっていた。他の製造業と同様に、新製品の発売時にはそれまでに掛かった開発費が負債として溜まっている。これを製造原価に上乗せして償却することになるのだが、困ったことに開発費が重くのしかかり、5年経ってもエクセル上の累積が黒字転換しないことがしばしばである。そうなればその市場での当該薬の開発には社内承認は下りない。 一般的に、高所得国では低・中所得国に比べアクセス可能な医薬品の種類が多いが、特に新薬に関してはその差が大きい。一方で、我々が日常必要とする医薬品を、「公共財」と位置づけ、そのような医薬品に対し所得の分け隔てなくアクセスを確保するべきであるとする考え方もある。例えばWHOは必須医薬品に関するリストを定め、「人口の大部分におけるヘルスケア上のニーズを満たすもの」と定義しており、重要な医薬品の選定例としてしばしば参照されている。日本のような医療先進国ではこのようなリストに頼らなくても必要な医薬品の大部分は手に入るが、これらのリストは医薬品の入手が困難な低・中所得国における入手のしやすさが考慮されていることから、紛争地域や災害時の医療派遣の際などにも、医薬品選定の指標として活用されている。 前述のように日常必要とされる医薬品が開発されなくなったり、アクセスできる国が限定されたりするようになった大きな原因は、医薬品の開発やアクセスを市場原理のみに任せ、「公共財」としての視点が欠けているからではないだろうか。DNDiとGARDPに共通する考えは、望まれているにもかかわらず製薬企業が参入を躊躇する疾患や地域を対象として薬の研究開発を行うとともに、その際の重い開発費を公的・財団等の資金、寄付や無償の援助によって賄うことにより、開発された医薬品を非営利で患者さんに届けるというものである。その代わり、開発した新薬については、病原微生物の耐性化防止の観点から適正使用に重きを置くことや、可能な限り必要とされるいずれの地域でもその薬剤が使用できるよう、当団体のアクセスポリシーに沿って薬剤へのアクセスを担保していただくようお願いしている。 加えて、DNDiにおいては、感染症蔓延地域での医 薬品の研究開発に対する能力開発を行っており、地域 固有の疾患に対する治療ニーズを自らが捉え、自らの 地域で創薬の研究開発を実施するというエコシステム の育成を支援している。具体的には、インドや中南米 において、化学系の学生に、新薬のHit-to-LeadやLead Optimizationにおける化合物合成を依頼するネットワークを複数のアカデミアと構築しており、これらの成果は学生による自らの業績としても活用されている。また、リーシュマニア症の蔓延国であるインドでは、能力開発の一環として、これまではほとんど先進国でしか行われてこなかったヒト臨床第一相試験を、複数のリーシュマニア症の新薬候補化合物に対して実施する予定である。ニーズに基づいた持続可能な医薬品の研究開発が、必要とされる場所で実施され、開発された薬剤が必要とする患者さんに届き、その結果として治療から取り残されている顧みられない患者さん(Neglected Patients)が減る日が遠くないことを望んで止まない。 民間製薬企業からDNDiに入社して直面したのは、市場原理のみでは必要とされる薬が十分開発されていない現実である。一方で、最低限必要とされる医薬品を、 「公共財」として開発し、あまねく届くようにするには多くの課題がある。これまでのビジネスモデルでこれらの課題を解決することは簡単ではないが、DNDiやGARDPの実践するPDPsのモデルは、既存の医薬品開発のスキームでは難しかったことを少しずつ可能にしている。本稿を機に、儲からないが開発して届けることが必要な薬があることを知っていただければ幸いである。工月達郎(くづき たつろう)1982年 広島大学医学部総合薬学科卒業1984年 広島大学大学院薬学研究科博士課程前期修了同 年 三共株式会社(現、第一三共株式会社)入社2016年 特定非営利活動法人DNDi Japan入社2018年 GARDP兼務を開始、現在に至るCopyright © 2022 The Pharmaceutical Society of Japan

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