MEDCHEM NEWS Vol.32 No.1
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45図8  H2を触媒活性化剤とした穏和な条件で進行するH-D交換反応図9  2-PrOHを水素源とした効率的H-D交換反応水素を選択的に導入している(図7eq.5)21)。触媒使用量や高価な試薬を使用する点で改良の余地が残るが、基質適用性と官能基許容性が高く、ヘビードラッグ開発への貢献が期待される。 筆者らは、水素ガスが炭素担持型白金族触媒を効率よく活性化することを見出し、D2O中、穏和な条件で進行するH-D交換反応を開発してきた(図8)22)。触媒金属種や反応温度を変更するのみで、さまざまな化合物を選択的もしくは多重に重水素標識することができる。医薬品をポストシンテティックに重水素標識することも可能である。例えばPd/Cを触媒として、D2O中室温~50℃で水素雰囲気下に撹拌すれば、ベンジル位選択的に重水素が導入される23)。反応温度を上げると、芳香環に直結したアルキル基や複素芳香環が、また、白金炭素(Pt/C)を触媒とすれば、芳香環が効率よく重水素標識される。例えばフェノールの芳香環は室温で、また安息香酸の場合には180℃まで加熱すればほぼ完全に重水素化される24)。アルカンのH-D交換もロジウム炭素(Rh/C)存在下180℃、常圧で効率よく進行するが25)、この反応は水素ガスを使用しない従来法では250℃、50気圧程度の反応条件が必要であった。さらにルテニウム炭素(Ru/C)の場合は、保護されていない遊離アルコールのα位に選択的に重水素導入され、糖類の効率のよい立体選択的標識法として応用した26)。 これらのH-D交換反応は、医薬品をはじめとする機能性物質の重水素導入法としても応用ができるため、富士フイルム和光純薬株式会社の重水素標識化合物受託合成サービスとして実用化されている(https://labchem-wako.fujifilm.com/jp/category/00323.html)。 なお、D2Oに代えて極めて低濃度のトリチウム水(THO)中で反応すれば、基質へのトリチウム濃縮反応も効率よく進行する。 本法をさらに発展・展開して、水素を外部添加するのではなく、反応系に添加した2-PrOHから白金族触媒的に脱水素させて、生じた水素を触媒活性化剤として利用する新たな方法論を確立した(図9)27)。水素は極微量しか生成しないため、二重結合などの還元性官能基を保持したままH-D交換反応が進行し、アクリル酸やメタクリル酸などのポリマー原料や、還元性官能基を含む医薬品の多重重水素標識反応にも成功している28,29)。 筆者らの重水素標識法は、重水素標識化合物の中では最も安価で、天然水中にも普遍的に含有されるD2Oを重水素源としている。しかしD2Oといえども1kg(約50mol)あたり10万円以上するため、試薬価格としては比較的高価な材料である。実用化の観点から、D2Oを徹底的に利用して、含有重水素を最大限基質に転写することが重要となる。その解決を目指して連続フロー式重水素標識法への展開も検討し、イブプロフェンなどの重水素標識機能性物質の連続合成にも応用するとともに30)、新しいデバイスの利用や新たなH-D交換法の開発研究にも積極的に取り組んでいる。

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