43図3 重水素安定化光学活性医薬品の開発図4 必須栄養素の重水素化による医薬品としての応用図5 臨床開発中の重水素標識新薬候補されているフリードライヒ運動失調症治療薬として第二相臨床試験中である15)。 レチナールは視覚に重要な役割を果たしている。遺伝子疾患の1つであるスターガルド病では、二量化したレチナールが網膜色素上皮に沈着して変性し、不可逆的に視力が低下する。レチナールのホルミル基β位メチル基を重水素化すれば、二量化の抑制が可能となる。ALK-001はレチナール-d3の前駆体で、治療薬が存在しないスターガルド病の初の候補として第二相臨床試験が行われている16)。 親化合物のない重水素導入化合物を医薬品候補とした研究・開発も進められている(図5)。代表例がVX-98417)とデュークラバシチニブ(BMS-986165)18)である。VX984は、選択的DNA依存性プロテインキナーゼ(DNA-PK)阻害薬であり、乾癬や再発・転移性子宮内膜がんを対象とした第一相臨床試験を完了している。BMS-986165は選択的チロシンキナーゼ2(Tyk2)阻害薬であり、クローン病、全身性エリテマトーデス、潰瘍性大腸炎患者を対象に第二相臨床試験、日本人乾癬患者を対象に第三相臨床試験が実施されている。 研究・開発は活発に行われているが、医薬品として実際に承認されたヘビードラッグは、現時点でデューテトラベナジンのみである。重水素標識新薬候補化合物としての物質的新規性などの問題は残るが、極めて小さな構造変換で所望の効果が達成できる方法論でもあり、臨床段階に入った候補医薬品をはじめ、優れたヘビードラッグのさらなる出現が期待される。4. H-D交換反応 (有機化合物に直接重水素を導入する方法) 重水素標識化合物を合成する方法は以下の1~3に分類される。1)入手容易な小分子重水素標識化合物から全合成する方法2)分子内還元性官能基を重水素化還元剤で還元する方法3)有機化合物のC-H結合をポストシンテティックに直接C-D素結合に変換するH-D交換反応 しかし「1」の場合は入手できる小分子量重水素標識化合物が限定され、全合成する必要があるなど、時間・コスト・出発原料依存的な合成経路選択などに問題がある。また「2」の還元的重水素導入法は、位置選択的に重水素を導入できるなどの利点はあるが、重水素導入部位が還元性官能基に限定され、還元剤が高価であるとともに基質適用性に乏しい。「3」のH-D交換反応は、目的化合物に任意の段階で多重に重水素導入できる。位置選択性に関しては改善・改良が必要であるが、簡便で効率がよく実用的にも優れている。したがってH-D交換反応に関する研究は盛んに検討されている。重水素標識化合物の合成では、原料や反応試薬よりも重水素化試薬のコストが大きいため、最も安価な重水素源であるD2O
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