MEDCHEM NEWS Vol.32 No.1
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3. ライフサイエンスにおける機械学習の三重苦17図1  汎用人型ロボットLabDroid 人間が使ってきた装置・ツールをそのまま使って作業を自動化。 このような問題を解決するため、日本が誇る最先端ファクトリー・オートメーション技術を駆使し、ヒューマノイド型のロボットを開発することにした。ヒューマノイドとは、人の動作をコピーし、人がこれまで使ってきた道具を使い「作業」するロボットを指す(人に似た姿形をしているロボットという意味ではない)。さすれば、ロボットの周辺に設置する装置とツールを変更すれば、1種類のロボットで多くの作業をすることができる。生産現場では「多能工ロボット」と呼ぶ。筆者らは「汎用ヒト型ロボット(LabDroid)」と呼ぶことにした(図1)1)。 LabDroidは自動化に汎用性と、拡張性をもたらし、変更が多くこれまで自動化が困難であった作業を自動化することに成功し、人が2年間成功させることのできなかった、デリケートな細胞を使った化合物スクリーニングを、たった1ヵ月で成功させたり、ゲノム解析中の最高難易度といわれるクロマチン沈降を、驚異的な感度と再現性で実行したり、多数検体のqPCRのCV値を4%以下でこなしてみせるというパフォーマンスを示し、熟練者を凌駕することを、さまざまな実験室、プロトコールで実証した。 その理由は明解である。人が行ってきたプロトコールをLabDroidに遷すということは、我々が何気なく行っている「手技」のすべてのパラメータを数値化することになる。ピペッターのプランジャーの押し引きのスピード、タイミングや角度、チップとディッシュの距離や撹拌の強度。「マイルドに・・なるべく均等に、手早く」といった曖昧なプロトコールを数値化・可視化することに他ならない。その結果、数値パラメータの最適化が可能となる。ヒューマンエラーに支配されない最適化に紆余曲折はない。そして最適化されたプロトコールは何度でも再現しスケールする。この瞬間、ロボットは人を超えるのである。 我々が日常的に行っている、多くの作業は「コツ、カン」といった、技術と経験に支配される暗黙知である。そして、これらの技術を可視化し形式知として共有・一般化しようという「体系的」な方法論が、これまでほぼなかったといえる。 ロボットは、暗黙知を可視化・数値化しデジタル化するツールなのである。そしてバイオDXを駆動する実態であるといえる。デジタル化すると「いいことがある」というのがDXである、とシンプルに捉えるならば、次の問は「ライフサイエンスでは、どんないいことがある?」に尽きる。 機械学習(AI)の目覚ましい成果を目の当たりにする。ライフサイエンスもこうありたい。しかし、AIを実装するには、まずデータが必要であるのは周知のことである。しかも規模が大きければ大きいほど、品質が高ければ高いほどよい。翻ってライフサイエンスはどうであろうか?どれもこれも人海戦術・労働集約型の作業を強いられ、莫大なコストがかかる。GAFAのようにネットワーク環境を提供しない限り、膨大なデータを濡れ手に粟よと取得することは不可能(一重苦目)。少子化の日本では、人員の確保も人材教育もままならない(二重苦目)。さらに人海戦術ができたとしても、データの品質は個人の手技・経験に強く依存し品質を保証することは絶望的(再現性の危機:三重苦目)2)。 ロボットは、これら三重苦を完璧に克服し、高品質BigDataを生み出し、ライフサイエンスにAIを実装させる。この実例を再生医療の世界で見てみよう。 わが国は、iPS細胞から網膜色素上皮細胞(RPE)を分化誘導し、加齢黄斑変性症の治療として、世界ではじめて臨床実装に成功した。しかし、臨床応用可能な高品質なRPE細胞を生産できる技術者が限られており、国内だけでも70万人という罹患者に対応することは困難であると考えられてきた。そこで筆者らは、熟練者の手技をLabDroidに遷した。ロボットは初回からRPE細胞の分化誘導に、完全人非介入で成功した。しかし、熟練

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