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健康豆知識

感染症に対するワクチン開発


【はじめに】

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 人類の長い歴史のなかで健康に対する最大の脅威は感染症であり、ここ10年の間でもエボラウイルス、ジカウイルス、デングウイルス、腸管出血性大腸菌などが大きな問題となってきました。特に最近では、新型コロナウイルスによる様々な社会・経済活動の制限により、皆さんも不自由な生活をされてきたことと思います。先人達はこれまでに有効なワクチンを作ることで、感染症と共存できるようにしてきました。感染症対策の重要性が再認識されている中、今回はワクチンについて紹介したいと思います。

【ワクチンとは?】

 子供のころ、「おたふくかぜ」や「はしか」に罹ると、「1回罹ったから大丈夫だね」と言われたことがあると思います。このように一度罹った感染症には二度と罹らないのは、私たちが持っている免疫システムの「記憶」によるものです。私たちの免疫システムは、ウイルスや細菌など感染症を引き起こす病原体の顔を覚えておくことで、次に同じ病原体が侵入してきた時に迅速かつ強力に排除することができるのです。この免疫システムの記憶能力を用い、病原体に似たもの(ワクチン)を投与することで、病原体情報を人為的に記憶させるのがワクチンです。
従来のワクチンの作り方は大きく分けて三つの方法があります。

  • 1.薬剤などの処理により、ウイルスや細菌などの病原体の感染力を極めて弱くし、病原性をほぼ消失させたもの(生ワクチン)
  • 2.薬剤など処理により、病原体の感染する能力を完全に失わせたもの(不活化ワクチン)
  • 3.病原体の一部をタンパク質やウイルスに似た粒子(Virus-like particle, VLP)として作製したもの

 それぞれ一長一短はあるものの、いずれの方法もワクチンとして開発してきた経験がすでにあることから、安全性や有効性で優れていると言えます。一方で今回の新型コロナウイルスのように未知の病原体が出現した場合には、ワクチンの製造方法などの条件を決めるのに時間がかかるという欠点があります。

 そこで今、新しいワクチンとして注目されているのが、DNAやmRNAなどを用いた「遺伝子ワクチン」です。遺伝子ワクチンとは、ワクチンとして働くと予想される病原体の一部を発現するための遺伝子をDNAやmRNAの形で投与することで、ヒトの体内でワクチンを作らせようとするものです。この方法は従来に比べ、迅速かつ安価に大量のワクチンを製造できるという利点があり、今回の新型コロナウイルスに対するワクチンでも、開発の先頭を走っています。このように次世代型のワクチンとして期待されている遺伝子ワクチンですが、まだ世界で実用化されたものがないため、有効性や安全性を確認しながら慎重に開発を進めることが必要です。

【ワクチン接種で誘導される免疫応答】

 ワクチンによって誘導され、生体防御に働く主要分子の一つが「抗体」です。抗体はB細胞と呼ばれる細胞から産生され、ウイルスや細菌などの病原体そのものや、病原体が産生する毒素などに結合します。ワクチンの開発においては、抗体が出来ることが重要と紹介されることが多いのですが、実は “使える”抗体と“使えない”抗体があります。使える抗体の指標の一つが「中和活性」です。多くの病原体や毒素は、私たちの細胞に結合することで病原性を示すようになります。その際の結合は無秩序に起こるのではなく、病原体や毒素の特定の部位が、細胞の特定の分子と結合することで初めて成り立ちます。つまり、この結合を選択的に阻害することで、病原体や毒素の感染力や毒性を失わせることが出来るわけです。このような機能がある抗体を中和抗体と言います。その他、抗体が病原体に結合することによって、補体と呼ばれる分子を介して病原体を溶かしたり、免疫細胞が病原体を攻撃する際の目印として働くこともあります。一方で、このような機能を持たない抗体が作られることがあります。その中には、生体防御として役に立たないだけでなく、逆に免疫細胞への感染を促進することで免疫システムの暴走を促し、その結果、症状が悪化してしまう「抗体依存性感染増強(ADE)」と呼ばれる現象を引き起こすことがあります。ADEの起こるメカニズムについてはまだ解明されていないことが多いのですが、新しいワクチンを開発する際に注意しなければいけない重要項目の一つです。

 抗体とならび生体防御において重要な働きをするのが、「キラーT細胞」です。多くのウイルスや一部の細菌は、細胞に感染し細胞内部で増殖した後、隣接する細胞に感染していきますが、抗体は細胞の内部に入り込むことができないため、細胞内で増殖している病原体に対しては機能を発揮できません。一方、感染した細胞は、内部で増殖した病原体の一部を細胞表面に提示します。キラーT細胞は、提示された病原体の一部を検出することで、その細胞が病原体に感染していると認識し、細胞ごと破壊します。これにより病原体の生産工場となっている感染細胞が排除され、その後の病原体の増殖と他の細胞への拡散を防ぐことが出来るわけです。

 このようにワクチンにおいては、「中和活性などの機能を有する抗体」と「感染細胞を破壊するキラーT細胞」の両者を誘導することが重要となります。

【おわりに】

 先人達の知恵と科学技術の融合により、私たちは新しいタイプのワクチンを作ることができるようになってきました。新しいワクチンの開発には慎重な検討が必要ですが、長い目で見ると、今回の新型コロナウイルスの発生は、新しいワクチンを実用化につなげる大きなブレークスルーなのかもしれません。一方で、最近の研究から、感染者に誘導された抗体は短時間で消失することが示唆されており、ワクチンの有効性を維持できる期間が短いのでは、といった懸念が生じています。実際これまでのワクチンでも、おたふく風邪やはしかなどのように一度ワクチンを接種すると終生免疫が維持されるものと、インフルエンザのように毎年ワクチン接種が必要なものが存在します。また地球規模で考えると、近年の温暖化により、これまで一部地域の風土病と言われていた感染症が世界中に広がる可能性や、凍土が溶けることにより、氷中に潜んでいた未知の病原体が出現する可能性もあります。今後私たちは、従来のワクチン学や免疫学、微生物病学に加え、バイオテクノロジーや情報科学など新しい科学技術を融合させることで、どのような感染症がきても迅速に対応できるワクチンの研究体制を作っていくことが大切です。

2020年11月
国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所 國澤 純