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健康豆知識

薬剤耐性(AMR)とワンヘルス(One Health) ~あなたの抗菌薬の使い方は大丈夫ですか?~


【はじめに】

 ワンヘルス(One Health)という言葉を聞いたことがありますか?

 ワンヘルス(一つの健康)とは、ヒトの健康を守るため動物や環境にも目を配って取り組もうという考え方です。地球上には人間以外の多くの生物がさまざまな環境の中で生きており、人は人間の都合だけで地球環境を破壊して危険性を生じさせています。化学物質による環境汚染やCO2増加による気候温暖化などの環境変化は理解しやすいと思いますが、ヒトも動物も環境も同じように健康であることが大切!ということです。しかし、薬剤耐性(AMR; Antimicrobial Resistance)対策とワンヘルスには一体どのような関係があるのでしょうか。

 抗生物質・抗菌薬などの抗微生物剤は人間だけではなく畜産業、水産業、農業など幅広い分野で用いられ、なかでも畜産業ではよく使われています。畜産では感染症予防や発育促進を目的に飼料に混ぜて使われたりすることがあります。食肉を通じて消費者に広がってしまったりすることもあります。動物に抗微生物剤(抗生物質・抗菌薬)を投与すると巡りめぐってヒトの健康に影響を及ぼしかねません。

 また、家畜の排泄物に薬剤耐性菌が含まれていると、その耐性菌による河川汚染をもたらすこともあり、環境を汚染している可能性が示唆されます。このようにAMR対策はヒトだけではなくワンヘルスの考え方で取り組む必要があるのです。

【薬剤耐性の脅威】

 抗微生物剤は現代の医療において重要な役割を果たしており、感染症の治癒、患者の予後の改善に大きく寄与してきました。その一方で、抗微生物剤の使用量が増大または不適切な使用をすることで、その薬剤が効かない微生物が発生するという「薬剤耐性(AMR)」の問題をもたらしてきました。2016年のJim O'Neill レポート(TACKLING DRUG-RESISTANT INFECTIONS GLOBALLY : FINAL REPORT AND RECOMMENDATIONS, May 2016)によれば、薬剤耐性によって世界では年間70万人が死亡。このまま何の対策も講じなければ、薬剤耐性菌に起因する死亡者数は30年後の2050年には全世界において1000万人が死亡すると予測され、がんによる死亡者数820万人を上回るとされています。予想される死亡者数1000万人のうちアジアでの死亡者数が全体の5割を占め、100兆ドル(約1京1000兆円)の世界総生産が失われると推定されています。

【ワンヘルス・アプローチに基づくグローバル・アクションプラン】

 こうした事実から、ヒト、動物といった垣根を超えた世界規模での取組(ワンヘルス・アプローチ)が必要であるという認識が共有されるようになり、世界保健機関(WHO)は、2011年 世界保健デーで薬剤耐性を取り上げ、ワンヘルス・アプローチに基づく世界的な取り組みを推進する必要性を国際社会に訴えました。2015年6月ドイツ先進国7カ国首脳会議G7エルマウ・サミットで、ヒトや動物、環境を一体として保健分野に取り組むワンヘルス・アプローチの必要性が推奨され、新薬などの研究開発に取り組むことが確認されました。

 日本は2016年4月に薬剤耐性の発生を遅らせ、拡大を防ぐ5か年計画「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン2016-2020」の枠組みと各対策が示され、6つの分野に関する目標(大項目)と目標を実現するための戦略(中項目)及び戦略を実行するための具体的な取組(小項目)をそれぞれに設定されました。日本のみが「成果数値目標」を設定し、① 2020年までに抗微生物剤使用量を3分の2に減らす。② 薬剤耐性率を下げる。と、しました。

 これらがグローバルに実現されることによって、国連の「持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)の達成が確実になると考えられます。

分 野目 標
1 普及啓発・教育国民の薬剤耐性に関する知識や理解を深め、専門職等への教育・研修を推進する
2 動向調査・監視薬剤耐性及び抗微生物剤の使用量を継続的に監視し、薬剤耐性の変化や拡大の予兆を適確に把握する
3 感染予防・管理適切な感染予防・管理の実践により、薬剤耐性微生物の拡大を阻止する
4 抗微生物剤の適正使用医療、畜水産等の分野における抗微生物剤の適正な使用を推進する
5 研究開発・創薬薬剤耐性の研究や、薬剤耐性微生物に対する予防・診断・治療手段を確保するための研究開発を推進する
6 国際協力国際的視野で多分野と協働し、薬剤耐性対策を推進する

【薬剤耐性(AMR)の拡大を防ぐために私たちができることは何か】

 不適切な抗微生物剤の使用があると考えられています。1.ウイルスが原因の「かぜ」に抗微生物剤が効くと患者や家族が誤解しているケース(「かぜ」の原因の9割はウイルス感染症で、抗微生物剤(抗生物質・抗菌薬)は効きません)。2.症状が治ったと患者自身が判断し、処方された抗微生物剤を最後まで飲みきらないケース(体調が良くなったからと言って途中でやめないで、ちんと最後まで飲み切りましょう)。このように患者や家族の抗微生物剤に対する正しい理解が必要とされるケースもあります。 手洗い、うがい、咳エチケット、マスク、ワクチン接種など一人一人の心掛けが大切です。日頃から体調管理に気を付けましょう。

【おわりに】

 厚生労働省は、薬剤耐性(AMR)対策の啓発のために『機動戦士ガンダム』とコラボレーションし、「AMR対策 いきまぁーす!」をキャッチコピーとしたポスター・リーフレットを作成してSNSなどを通じ多くの国民にAMR対策である「抗微生物剤の適正使用」に関心を持つための情報発信を行っています。医療従事者だけでなく患者や患者の家族にも、AMRを自分自身に関係のあることとして捉えてもらい、薬剤耐性菌を出さないためにできることを積極的に周知していく必要があると考えています。

 抗微生物剤(抗生物質・抗菌薬)は必要なときに、適切な種類を、適切な量と期間で服用することを患者自身も知識と意識を高めていってほしいと思います。

2020年5月
公益社団法人 東京都薬剤師会 小野 稔


イラスト出展:AMR臨床リファレンスセンター「薬剤耐性(AMR)ワンヘルスプラットフォーム」https://amr-onehealth-platform.ncgm.go.jp/home