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健康豆知識

スポーツとドーピングと身近な薬 ~東京2020大会にむけて~


【はじめに】

 いよいよ来年2020年は東京オリンピック、パラリンピックの年です。私たちにたくさんの感動を与えてくれる4年に1回のスポーツの祭典、皆さんも楽しみにされていると思います。

 オリンピック、パラリンピックでは、クリーンなスポーツ選手を守るためドーピング検査が行われています。皆さんも、これまでもオリンピックなどでのドーピングに関するニュースをお聞きになったことがあると思います。

 2013年に行われたオリンピック招致活動は、流行語大賞にもなった「お・も・て・な・し」が大変話題になりましたが、その招致活動において、日本のスポーツ界がクリーンであることも高く評価されたといわれています。

【ドーピングと禁止表国際基準】

 ドーピングとは、スポーツにおいて競技能力を高めるために、意図的に禁止薬物や禁止方法を使用すること、とされています。

 ドーピングと聞くと皆さんはどのようなことを想像されるでしょうか。

「海外から個人輸入した筋肉増強剤で筋肉をつけて…」などドーピングとして使われる薬剤は特別な薬と思っている方もいるかもしれません。実はドーピング違反となる薬物は、それらのほとんどが医療に使われる医薬品であり、皆さんがよく知っていて飲んだことがある身近な薬もあるのです。

 ドーピング違反となる薬物等(以下禁止物質、または禁止方法)は、世界アンチ・ドーピング機構(WADA)が、世界アンチ・ドーピング規定に基づき禁止表国際基準として定め、最低1年に1度更新されます。毎年10月1日に翌年の禁止表が公示され、翌年1月1日から新しい禁止表が適用されます。(表参照)

 その禁止表に、禁止物質としてS0~S9、禁止方法としてM1~M3、特定競技において禁止される物質としてP1が分類されていて、それぞれに禁止される物質、方法の具体例またはそれらの代表例が掲載されています。またこれらは競技会時に禁止されるもの、常に(競技会時、競技会外)禁止されるものに分類されています。

【ドーピングになる薬】

 いわゆる筋肉増強剤は、そのほとんどが男性ホルモンでS1の蛋白同化薬に分類されます。喘息などに使われる薬の中には、S3のベータ2作用薬やS9糖質コルチコイドに分類され禁止されているものがあります。糖尿病で使用されるインスリンの注射や骨粗鬆症の薬の一部は、S4のホルモン調節薬および代謝調節薬に、むくみを取ったり血圧を下げる薬として飲まれている降圧利尿剤は、S5の利尿薬および隠蔽薬に分類され、禁止されているものもあります。

 そして、風邪の時などに飲む漢方薬の葛根湯には、麻黄という生薬が入っていますが、麻黄に含まれる「エフェドリン」が競技会時に禁止されるS6の興奮薬に分類される禁止物質です。この「エフェドリン」は、市販されている多くの風邪薬に咳止めとして配合されています。そのため、ドーピング検査が行われる大会期間中に、出場選手が体調を崩して禁止物質が入っているとは知らずに葛根湯や市販の風邪薬を飲んでしまうと、ドーピング検査でドーピング規則違反になってしまう可能性があります。日本で多いドーピング違反は、このように禁止物質と知らず薬を飲んでしまう「競技能力向上を意図しない」ものがほとんどです。

【スポーツ選手を守るしくみ】

 このように禁止物質が多いと、スポーツ選手が体調を崩した時にはどうすればよいか心配になると思います。実際に、ドーピング違反をおそれ薬を飲まなかった結果、体調を悪化させてしまった、ということもあるようです。しかし、例えば市販の風邪薬の中にも禁止物質が含まれていないものはたくさんあります。また、持病があり、禁止物質として挙げられている薬を使用するしか治療法がない場合、通常事前に治療使用特例(TUE)注)という制度を利用し、使用を認められればそれらを使って治療を続けることができる手続きがあります。このように、ドーピング違反を取り締まるだけではなく選手の健康を守る規定もあります。さらに日本にはスポーツファーマシストという制度があり、ドーピングに関する最新の知識を持つ薬剤師にこれらのことを相談することができます。

【さいごに】

 スポーツ選手たちは、日々の厳しい練習や体づくりにより、その競技力を高めトップを目指しています。

 東京オリンピックやパラリンピックでは日本人選手たちの活躍が期待されています。これらの選手たちが、それぞれ競技のための努力以外にもこのようなドーピングに関する情報や知識を得て自己管理を行い、クリーンなスポーツ選手であり続けられるよう心掛けていることも知っていただければ、選手たちを応援する気持ちもさらに膨らむのではないでしょうか。

注)治療使用特例(TUE):禁止物質・禁止方法を治療目的で使用したい競技者が申請して、認められれば、その禁止物質、方法が使用できる手続き。

2019年10月
よつ葉薬局 柴田淑子