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健康豆知識

進化を続けるがん治療法


【はじめに】

 これまでのがん治療では、手術(外科的療法)、化学療法(抗がん剤治療)、放射線療法が三大療法として行われてきました。最近、この三大療法に加えがん免疫療法の1種である免疫チェックポイント阻害剤が登場し、第4のがん治療として期待されています。また、がん細胞の異常を遺伝子レベルで解析する技術の進歩に伴い、各患者に最適ながん治療法を提供するための「がんゲノム医療」の体制づくりが国主導で進められています。このように、ここ数年でがん治療法が変わり、今後もさらに進化を続けていくと考えられます。そこで今回は、進化を続けるがん治療法と題し、最近話題となっている「免疫チェックポイント阻害剤によるがん免疫療法」および「がんゲノム医療」について紹介します。

【免疫チェックポイント阻害剤によるがん免疫療法】

 ヒトの体内には外界から侵入してくる病原体などの異物を処理する免疫系が存在し、この免疫系は体内で正常細胞からがん細胞に変化してしまった細胞を排除するがん免疫監視機構として機能しています。しかし、がん細胞は自身が生き延びるために、がん免疫監視機構を潜り抜けて増殖していきます。このようながん細胞の免疫監視機構からの回避に関して、多くの研究が進められています。これらの研究から、がん細胞の増殖や悪性化により、がん細胞に対するがん患者の免疫系が抑制された状態(免疫抑制)に陥っていることが明らかとなっています。この問題に着目し解決策を見出したのが、2018年ノーベル医学賞を受賞した本庶 佑先生です。本庶先生は、PD-1という免疫担当細胞(T細胞)上に発現しているタンパク質が、悪性黒色腫や非小細胞肺がんなどのがん細胞に発現しているPD-L1というタンパク質と結合するとT細胞のがん細胞傷害活性を阻害することを見出しました。そこで、このPD-1を阻害する薬(免疫チェックポイント阻害剤)をがん患者に投与したところ、がん患者の中で抑制されていたがん細胞を攻撃するT細胞の免疫抑制が解除されて、劇的ながん治療効果が得られるようになりました。最近では、上述のPD-1以外の免疫抑制に関わる経路を阻害する免疫チェックポイント阻害剤も開発されており、難治性のがんに対して顕著な有効性を示すようになるのではないかと期待されています。その一方で、これまでに抑制されていた正常な自己の細胞に対する免疫反応のブレーキも同時に外してしまうため、糖尿病などの自己免疫疾患の発生が副作用として報告されています。また、免疫チェックポイント阻害剤により顕著な治療効果が得られる患者がいる一方で、効果が得られない患者も多数います。なぜ治療効果に差が生じるのかについて検証が進められていますが、現時点で理由は解明されていません。将来、治療効果や毒性を事前に予測できる方法が開発されると、免疫チェックポイント阻害剤がさらに安全で有効性の高い難治性がん治療法として発展していくものと期待されます。

【がんゲノム医療】

 現在の抗がん剤治療では、肺がん、肝臓がん、膵臓がんなどの臓器別、または同じ臓器がんでもがん細胞の種類別に使用する抗がん剤や投与間隔が決められ標準療法として治療が進められています。しかし、抗がん剤に対する抵抗性や副作用の発現による治療の中断など十分な効果が得られないこともあります。そのため、一人一人の患者の状態に合わせて最も効果のある治療法を選択し提供する、精密医療(Precision Medicine)の実現が望まれています。このような個人に合わせた医療を提供する方法として注目されているのが、がんゲノム医療です。

 このがんゲノム医療で最初に行われる検査は、一定数の候補遺伝子の異常を網羅的に調べ薬との相性を確認するがん遺伝子パネル検査です。この検査結果は、遺伝子変異の臨床的意義付けや薬剤対応情報が集められたデータベースに入力され、人工知能を利用して解析されます。ここで絞り込まれた治療薬の候補について、薬物治療専門医、遺伝医学専門医、病理医、がんゲノム研究者、薬剤師、遺伝カウンセラーなどの多職種の専門家からなる会議で、患者の家族歴や病歴など患者背景を加味したレポートが作成されます。このレポートをもとに担当医が患者に結果を説明し、治療方法が決定されます。このがんゲノム医療の全国的な展開を可能とするために厚生労働省は、遺伝子解析・治療・研究開発・人材育成などを行うがんゲノム医療中核拠点病院を2018年2月に全国で11カ所指定しました。また、この中核拠点病院と連携してがんゲノム医療を実践する連携病院が全国で135カ所(2018年10月時点)選定され、がんゲノム医療の体制づくりが進められています。しかし、2018年11月の時点で、がん遺伝子パネル検査は誰でも受けられるわけではなく、「手術での切除が難しいまたは再発がんで ① 原発不明がん、② 標準治療がないまたは標準治療で効果の得られないがん」の患者が対象になっています。また、良質ながん遺伝子パネル検査やデータベースの充実、医療用人工知能の開発、遺伝カウンセラーやがんゲノム医療専門薬剤師の養成など、一般的な療法として普及させる点で多くのハードルが残されています。

 現在、がんゲノム医療の一般化に向けて、上述の課題を克服するための体制整備の強化や保険診療の準備が国を挙げて進められています。そのため、ここ数年で多くの患者ががんゲノム医療の恩恵を受けられるようになるものと考えられます。

【最後に】

 がん治療は日々進化し、新たな薬の承認や新たな治療戦略が生まれています。それと共に、世間にはいろいろながん治療に関する情報があふれています。しかし、必ずしも正しい情報でないことや、一般論が語られ患者自身に合わない治療法であることもあります。「免疫チェックポイント阻害剤によるがん免疫療法」や「がんゲノム医療」は、一見するとすべての患者に適用可能な理想的治療法になると考えられます。しかし、すべてのがん患者に対して有効であるとは言えません。そのため、もしがんを患ってしまい治療方針や治療薬で不安がある場合は、担当医や薬剤師に相談していただき、患者自身が理解したうえでがん治療を受けることが重要であると思います。


2019年5月
帝京大学薬学部 鈴木 亮