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健康豆知識

ギャンブル依存症について


【はじめに】

 ギャンブル等依存症とは、ギャンブル等にのめり込むことにより日常生活又は社会生活に支障が生じている状態と定義されます。このギャンブル等依存症対策を総合的かつ計画的に推進することによって、国民の健全な生活の確保を図り、国民が安心して暮らすことのできる社会を実現させる目的をもってギャンブル等依存症対策基本法は、平成30年10月5日に施行となりました。これまで我が国ではパチンコやスロットなどによるギャンブル依存の生涯有病率が高かったにもかかわらず、十分な対策がとられてきませんでした。平成29年9月に報告された国内のギャンブル等依存に関する疫学調査によれば、過去1年以内にギャンブル等依存症が疑われる者の割合は、成人の0.8%(約84万人)と推計されています。また、最もよくお金を使ったギャンブルはパチンコ・パチスロで、過去1年以内の賭け金は、平均で1か月に約5.8万円となっています。既に統合型リゾート(IR)整備推進法案(カジノ法案)の成立によって、カジノが解禁となり、今後ギャンブル等依存症の増加が懸念されることもあって、ギャンブル等依存症への対策が急務の課題となっています。

【なぜギャンブルにのめり込んでしまうのでしょうか】

 我々の脳には、種の存続のために必要な食欲や性欲などの本能的な快感を報酬として認識し、その報酬を求め続けるために脳内報酬系という部位があります。この部位では、アルコールや薬物のような依存物質を摂取したり、ギャンブルのような報酬が期待される行為によってドーパミンという快楽物質が分泌されます。その結果、報酬系が活発に働き、快感を得ることができるのです。脳内では、他の部位においてもドーパミンが分泌され、報酬を連想させるものと快感の結びつけや報酬に関連する長期記憶の形成が行われています。また、前頭前野という部位では、理性的に衝動行動を抑えるセロトニンという神経伝達物質があり、この働きも低下していると考えられています。

 慢性的にギャンブルを行える状況が続くと、快楽に対する反応が鈍くなり、満たされない欲求を満たすための行動をとるようになります。そして、依存に関連する行為を実行する気持ちが、止めようとする意思を上回るようになり、頻度が増して、ギャンブルにのめり込んだ状態になってしまうのです。

 ギャンブルにのめり込む脳内の仕組みの他に、生物・遺伝学的、環境などの発症リスクを高める要因が報告されています。ギャンブル依存症は条件さえ揃えば、誰もがなり得る疾患なのです。

【神経伝達物質と薬物治療】

 現在ギャンブル依存症治療のために我が国が治療薬として承認をしている薬剤はありません。薬物治療の可能性を考えるために神経間の情報伝達に関与する神経伝達物質についてご説明します。

 既に脳内報酬系でドーパミンという神経伝達物質がギャンブル依存症に関連することを述べましたが、報酬系のドーパミン神経系に対して抑制的に働くGABA神経系もまた関連します。強いストレスがかかったとき分泌される脳内麻薬といわれるβエンドルフィンがμオピオイド受容体に作用するとGABA神経系が抑制され、ドーパミン神経系からドーパミンの分泌が促進されます。このことからGABA受容体の作用を増加させる薬剤(GABAアゴニスト)やオピオイド拮抗薬が、衝動制御障害の治療薬として期待されています。また、衝動に駆られる状態は、セロトニン系神経のネットワーク機能の低下によることが考えられており、セロトニンレベルの低下を改善させる治療薬の使用に関しても検討がされています。

【ギャンブル依存症は治るのでしょうか】

 脳内に報酬を求める回路ができてしまうと、元の状態に戻すのは難しいと言われますが、ギャンブルを断つことで、時間はかかってもゆっくりと元の状態に戻っていくことを報告する研究もあります。従って、ギャンブル依存症は、適切な治療と支援によりギャンブルを止め続けることができれば、回復が十分可能な疾患と言えます。ところが、依存症の特性として、患者本人や家族が依存症であるという認識を持ちにくいことがあり、また、患者自身の意識でギャンブルを止められないことも自覚できていません。家族の献身も逆効果となってしまうこともあります。

 ギャンブル依存症は、脳内に異常が生じているので、専門の医療機関や地域にある保健所や精神保健福祉センター等の行政機関に、早めに相談することが重要です。既に、依存症対策全国拠点機関が中心となり、認知行動療法などの心理療法による治療が進められています。ギャンブル依存の問題をもつ者同士が集まり改善を図る自助グループや家族会への参加も有効な治療法として行われています。

 我が国のギャンブル依存症に対する本格的な対策は始まったばかりですが、今後、ギャンブル依存症に関する偏見や差別を無くして、依存症患者やその家族を取り巻く環境の改善が進み、適切な治療・支援につながることが期待されます。


2019年5月
横浜薬科大学 渋谷 昌彦