トップページ > 健康豆知識 > “くすり”の包装のひみつ

健康豆知識

“くすり”の包装のひみつ


【薬の包装のルーツ】

 わたしたちが使用する「くすり」には、錠剤やカプセル、粉薬などの飲み薬、貼り薬や塗り薬、さらには注射薬など、さまざまなものがありますが、どの薬も包装・容器に入れられています。健康を守るのが「くすり」であれば、その「くすり」を守るのが包装です。薬はどのように守られてきたのでしょうか。飲み薬を中心に、薬の包装・容器のルーツをたどってみたいと思います。

 今から1300年ほど昔の古事記の時代では、効果がある草の根や木の皮、動物の角や鉱物などを採取して薬としていました。当時の薬は大変貴重なものなので、カビなどから守るために乾燥して潰し、わらや木の葉、タケノコの皮などに入れて保管していました。このように包装は、他のものと仕分けて衛生的に貯蔵または運搬する目的で使われていました。奈良時代に入ると木製の合子(ふた付きの小さい容器)や陶製の壺、麻の布などの容器が用いられるようになり、その一部は正倉院宝物として現存しています。

 江戸時代になると、紙の包装や容器が主流になります。紙は医薬品の変質を防ぐ目的のほか、効能や用法用量(使い方)を表示することができるのでとても便利でした。ほかにも竹の皮に代表される草木の木箱、印籠なども用いられていました。印籠には、医薬品を球状にした丸剤が収められており、武士が長旅の際に薬を携行するのにとても便利でした。丸剤は最近あまり見かけませんが、有名なものとしては正露丸があります。江戸中期以降から明治にかけて、日本にもさまざまなヨーロッパ・アメリカの学術・文化・技術が入ってきました。舶来の医薬品はガラス瓶に入っているものもあり、当時は大変な貴重品でした。江戸後期になると、ガラス薬瓶が国内でも製造されるようになりました。

 明治時代に入ると紙容器は、従来の薄い紙でできた容器に加えて、厚みのあるボール紙の容器も作られるようになります。さらに、ブリキなどの金属容器、ガラス製のアンプルも作られるようになりました。この時期にアメリカでは史上初のプラスチック素材である“セルロイド”が発明されましたが、わが国においてプラスチック素材が薬の包装に使用されるのは昭和30年代以降になります。

薬包紙

 昭和30年頃までは、製薬企業で生産される医薬品は粉薬が大半を占め、錠剤の種類は少なく、使われる機会も限られていました。当時、胃薬などのOTC医薬品(患者さんが薬局で直接購入する薬)は、小さな缶に粉薬と小さじが入っており、患者さん自身ではかり取る方法でした。病院でも飲み薬は粉薬が主流で、病院薬剤師が、薬包紙に手で包んで患者さんにお渡ししていました。例えば、1日3回服用する薬が7日分処方されると、まず、全体の粉薬をはかり取って、薬包紙21包に分けながら包んでいきますので、大変な手間と時間を要していました。錠剤も必要な錠数をビンから取り出して1つの小さな袋に手で詰めてお渡ししていました。このように、製薬会社が発売する飲み薬の包装といえば缶やビン、病院で薬剤師が薬をお出しする際は、薬包紙や小袋に入れるような状況でしたが、昭和30年にプラスチック素材を使用したPTP包装(press-through-package)がヨーロッパから導入されると、錠剤やカプセルの包装に使われるようになりました。この画期的な包装はたいへん評価され、粉薬の流通は次第に減少し、錠剤やカプセルが増えていき、PTP包装が飲み薬の包装の主流になっていきました。

【PTP包装はすぐれもの】

PTP包装

 現在、とても多くの医薬品が流通しています。これらは品質、有効性、安全性を確保するための様々な法律や規則に則って製造・販売されています。例えば、製造時には、薬の元となる原料の受入れから出荷に至るまでの製造工程全般の管理や、工場の建物や機械設備の配置などについても人為的なミスをなくすための基準が設けられています。包装や容器についても、薬の品質を確保するため医薬品と同様に、法律、規則によって厳しく規制されています。

 例えば、一般的な医薬品は、品質の安定性を確認するために、長期保存試験(室温で3年間保存し、問題が起こらないかを確認する試験)や加速試験(40℃の条件で6か月間保存し、問題が起こらないかを推定する試験)が義務付けられています。このような条件でも医薬品の品質が保てるように、酸素遮断性、防湿性、遮光性などに優れた包装・容器が用いられています。また、医薬品の包装・容器には、表示する内容が定められています。他にも、封を開けなければ中の薬を取り出せないような構造で、かつ、一度封を開けた後は開封前の状態に戻せないようにすることなどが定められています。

 現在主流となっているPTP包装は、これらのすべての条件を満たしています。PTPシートはアルミニウム箔とプラスチックシートを用いて薬を包んでいますが、プラスチックシートの種類によって、酸素遮断性や遮光性、防湿性などの性能を変えることが出来ます。中にはバウムクーヘンのように何層にもなっているプラスチックシートも活用されています。また、PTPシートは指で押し出して錠剤やカプセルを取り出しますが、一度開けてしまうと、元に戻すことが出来ません。

 処方箋により調剤される飲み薬のPTPシートには、ここ数年バーコードが印刷されるようになりました。ご覧になったことがある方もいらっしゃるかと思います。病院内や薬局内でこのバーコードを機械に読取らせることで、調剤時の人的ミスが減り、医療事故防止に役立ちます。また、製薬会社で製造した時から患者さんに服用されるまでの流通状況をバーコードによって記録すれば、万が一、何かあったときに追跡することが出来ます。

 また、最近では、老若男女、障害・能力の如何を問わず、すべての人が利用しやすいように、配色や文字の書体などに配慮したものや、点字を取り入れ、識別性を向上させたデザイン(ユニバーサルデザイン)が、薬の世界にも取り入れられてきています。また、専用スキャナでスキャンすると音声で薬の効能などを読み上げるシステム等も開発されています。このように、普段何気なく使われているPTP包装ですが、色々な要素がぎっしりと詰め込まれているのです。

 一方で、PTP包装から薬を取りださずに、PTP包装のまま飲み込んでしまう誤飲事故が多数発生しています。医療関係者も注意喚起をしておりますが、特に、幼児、高齢者の方が服用される時には、保護者、介護者の方に十分御注意頂きますようお願い致します。


2018年5月
横浜薬科大学 村田 実希郎