トップページ > 健康豆知識 > 抗菌薬の使い方を見直そう!

健康豆知識

抗菌薬の使い方を見直そう!


【薬剤耐性菌の脅威】

 1920年代にアレクサンダー・フレミングがペニシリンを発見し、1940年代に実用化され、それ以降、数多くの抗菌薬が発売されてきました。それまで死因の上位を占めていた感染症は治療ができるようになり、加えて公衆衛生の改善、ワクチンの普及もあり、感染症の克服は間近に迫っているかのようでした。しかしながら、病気を引き起こす細菌の方も、抗菌薬から身を守るために様々な対策をとってきました。例えば、抗菌薬を無毒化させる酵素を作ったり、抗菌薬が作用する標的を変化させたりしました。さらに、抗菌薬を菌体内に入れないために、抗菌薬が通過する穴を小さくしたり、穴の数を減らしたり、体内に入ってきた抗菌薬を吐き出す能力を身につけたりと、抗菌薬が効かないように体質をかえて生き延びてきたのです。これがいわゆる薬剤耐性菌の出現です。薬剤耐性菌は抗菌薬を不適切に使用することで出現し易くなります。一方で、新たな抗菌薬の開発は停滞しており、新薬の発売はあまり期待できません。今後、耐性菌に対して有効な抗菌薬が存在しなくなることが心配されています。不適切な抗菌薬の使用がこのまま続き、何も対策が講じられなければ、世界において薬剤耐性菌による年間死者数は、現在の70万人から2050年には1千万人になると予想されています。現在の医療は抗菌薬が効くことを前提としています。例えば、抗がん剤や免疫抑制剤の使用により免疫力が低下し、感染症を発症した場合、有効な抗菌薬がなければ感染症で死んでしまいます。また、手術後の感染症を予防するために手術時には抗菌薬が使用されますが、耐性菌が増えると予防することができなくなります。このように有効な抗菌薬がなくなれば、がん治療も手術も難しくなります。現在、感染症が猛威を振るったアレクサンダー・フレミングの時代(100年前)に戻りつつあります。

【抗菌薬の寿命をのばす】

 2011年世界保健機構(WHO)は、薬剤耐性に対する世界的な取組みの必要性を訴え、2015年の世界保健総会で薬剤耐性に関するグローバルアクションプランを発表しました。本プランは、加盟各国に対して2年以内に自国の行動計画を策定するように求め、日本においても2016年4月に薬剤耐性対策アクションプランが発表されました。2016年5月に開催されたG7伊勢志摩サミットでは、抗菌薬の有効性を国際公共財として維持すると共に、新規抗菌薬の開発促進が具体的行動計画として示されました。抗菌薬の有効性を維持する、つまり、抗菌薬の寿命をのばすためには、抗菌薬を適正に使用することが重要です。まず第一に、抗菌薬は必要な時だけ使用します。例えば、風邪をひいたら病院にかかり、抗菌薬をもらい服用する。この一連の流れは、子供の頃から経験していることだと思います。しかし、風邪の原因は、ほとんどがウイルスです。抗菌薬はウイルスに効果がありません。もし抗菌薬を服用して、風邪が治ったのであれば、それは自分の力で治したか、もしくは、近親者による愛情たっぷりの看病の賜物です。さらに、抗菌薬は下痢やアレルギー症状など副作用を発現する可能性があります。すなわち、抗菌薬の使用により薬剤耐性菌や副作用が発現する危険を冒しながら、ウイルスによる風邪に効果のない抗菌薬を使用することは、まさに抗菌薬の不適切使用です。人は成人するまでに60~70回程度風邪をひくと言われています。風邪に対して抗菌薬を使用しなければ抗菌薬の使用量はかなり減少します。日本におけるアクションプランでは、2020年までに抗菌薬の使用量を2013年の使用量の3分の2に減らすことを目標としています(表1)。特に、風邪に使用される経口抗菌薬は半分に減らすことが目標です。その結果として、肺炎球菌や黄色ブドウ球菌などの抗菌薬に対する耐性率が低下します。抗菌薬は必要な時だけ使用して抗菌薬の寿命をのばしましょう。

表1 日本における薬剤耐性対策アクションプランの成果指標

● 2020年の人口千人あたりの一日抗菌薬使用量を2013年の水準の3分の2に減少させる。

● 2020年の経口セファロスポリン系薬、フルオロキノロン系薬、マクロライド系薬の
  人口千人当たりの一日使用量を2013年の水準から50%削減する。

● 2020年の人口千人あたりの一日静注抗菌薬使用量を2013年の水準から20%削減する。

● 2020年の肺炎球菌のペニシリン耐性率を15%以下に低下させる。

● 2020年の黄色ブドウ球菌のメチシリン耐性率を20%以下に低下させる。

● 2020年の大腸菌のフルオロキノロン耐性率を25%以下に低下させる。

● 2020年の緑膿菌のカルバペネム(イミペネム)耐性率を10%以下に低下させる。

【服薬遵守】

 日本のアクションプランでは、国民の薬剤耐性に関する知識や理解を深め、抗菌薬は必要な時に、適切な量で、適切な期間の服用を徹底することが掲げられています。日本における経口抗菌薬の服薬遵守率は低く、3人に1人は服薬期間を守っていません。服薬を止めた理由として「治ったから」が最も多く、次いで「忘れた」が多いです。余った薬をどうしましたかと聞くと「捨てた」が最も多く、次いで「保存している」が多い結果となっています。服薬を途中で止めてしまうと、完全に治らず再発したり、耐性菌が出現し難治化したりすることがあります。また、抗菌薬を保存しても、同じ細菌による感染症でなければ効果は期待できません。感染症によっては量や服薬期間も異なります。薬が開発されるときの臨床試験に基づいてお薬の量と服薬期間は決まっていますので、必ず用法・用量・服薬期間は遵守しましょう。

 最後に、厚生労働省が作成した普及啓発ポスターには、「あなたにできること」が示されています(表2)。まずは感染症にかからないようにすること、そして、感染症にかかったら症状を医師に詳しく伝え、抗菌薬が必要な場合は、必ず量と期間を守って最後まで抗菌薬を服用します。国民一人一人が「あなたにできること」を実践し、子供や孫の時代そのまた先まで抗菌薬の寿命をのばせるように、抗菌薬の使い方を見直してみませんか。

表2 普及啓発ポスター「あなたにできること」

● 感染を防ぐために、日頃から手洗い・咳エチケットをする

● 医療機関などで、 症状を医師に詳しく伝える

● 分からないことは医師や薬剤師に聞く

● 量と期間を守って最後まで抗菌薬を服用する


2018年5月
慶應義塾大学 松元 一明