活薬のひと

医薬品の品質にかかわる話題

神戸薬科大学 特任教授 四方田 千佳子  先生

 医薬品は、有効成分の発見から、有効性評価、毒性評価、製剤の開発などを経て、承認販売に至るまで、多くのステップを経て医療に用いられます。その品質に関しては、最近では、承認申請書に記載された規格試験法による出荷試験に適合することは最低限の要求事項であり、製造の流れを確立するまでに明らかとなった、各工程での重要なポイントを押さえることにより、臨床試験で用いられた製剤と同等の品質を再現性良く維持することが求められています。特に、複雑な機能性製剤や、バイオ医薬品、再生医療などでは、最終製品の試験のみでは品質の保証は困難です。医薬品の品質というイメージは、筆者が国の研究所で医薬品の行政対応業務に携わって以来、この40年近くの間に大きく変わってきました。国立医薬品食品衛生研究所(衛研)のホームページには、国立医薬品食品衛生研究所報告(衛研報告)のバックナンバーが図書館の整理を機にPDF化され、1886年の内務省衛生局の衛生試験彙報の1号から2017年の最新号までが掲載されています( http://www.nihs.go.jp/library/hakkounen.htm)。医薬品の品質確保のための行政支援の変遷を少し振り返ってみたいと思います。

検定検査業務など

 医薬品の品質確保を目的として、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律第43条第1項の規定に基づき検定を要するものとして厚生労働大臣の指定する医薬品が国家検定の対象品目となります。国家検定は昭和28年から始まり、当初は検査とともに不良医薬品の取締に重要な役割を果たしており、衛研の業務においても長らく基盤となっていました。筆者が入所当時の衛研報告第97号によると、昭和53年の例では、インシュリン製剤、ブドウ糖注射液、リンゲル液その他、プロチオナミド錠などの製剤が、合計2313件試験され、不合格品はありません。当時すでに検定検査で不適となるケースは稀でしたが、ブドウ糖注射液の不溶性異物試験などでときおり不適が出ていました。その後、ほとんど不適の出ることのない検定対象品目は順次削除され、現在衛研として検定業務は行っていません。現在も、検定実施機関としては、医薬品のうち生物学的製剤又は抗菌性物質製剤については国立感染症研究所が、その他の医薬品、再生医療等製品又は医療機器については衛研がそれぞれ指定されており、システムとしては維持された状態にあります。現在、ワクチンや生物学的製剤については国立感染症研究所が引き続き検定を実施しています。

一斉取締試験

 一斉取締試験は、毎年収去対象として選定された製剤を、工場から収去して試験を行うもので、かつては承認申請書が全く同じ記載であるいわゆるゾロ製剤の定量試験などを対象としていました。毎年実施した試験の内容と,適否の判定結果は衛研報告の末尾にまとめられています。なお、一斉取締試験などで実施した市販製剤の定量的な試験に関しては、筆者の知る限り不適の事例はありません。一斉取締試験は、現在も毎年継続されていますが、ある期間に製造されたものを工場から収去するスタイルから、市販製剤を流通している中から買い上げて試験をする方向に変わっており、溶出試験、定量試験などが行われています。溶出試験は、様々な要因で変動することも多いため、年間1製剤程度に規格を逸脱する事例が認められています。

レギュラトリーサイエンスの提唱

 平成2年には内山充所長が就任され、第110号の衛研報告の業務報告には、平成2年の厚生省の「国立試験研究機関の改革方策」を抜粋し,研究所として,有効性,安全性,および 品質の評価科学(レギュラトリーサイエンス)に重点をおきながら,その研究成果を常に最先端の科学技術の進歩に貢献することとされており、レギュラトリーサイエンスの用語が明記されています。第111号には、内山所長の「レギュラトリーサイエンスとは」にはじまるステートメントの項目が設けられ、以後,第115号までレギュレーションに関わる話題が掲載されています。また,レギュラトリーサイエンス関連会議報告の章はこれ以後現在まで維持されており、衛研がICH、PDGなどの品質に関わる国際会議で中心的な役割を果たしてきたことを記録しています。衛研では試験検査業務に変わり,レギュラトリーサイエンス研究に重点を置く方向が示された時期でした。

品質に関わるGMPからICHガイドライン

 医薬品GMPが、平成6年に省令となり、医薬品製造所の許可、更新、品目許可の要件として制定されました。これにより医薬品の品質を規格試験にのみ頼るのではなく、原料の受け入れから、製造、包装、品質試験、最終製品の出荷にいたる組織的な管理を行うことで保証しようという体制が始まりました。
その後、平成14年の薬事法改正では、委託製造を可能とする製造販売承認制度となり、さらなる品質確保のために、製造法の承認申請書への記載が義務化され、GMPが個別の承認要件となりました。このころからの経緯は,第128号の巻頭に檜山行雄先生が特論としてまとめられています。平成15年には、2年後の改正薬事法の施行を前に、ICH における科学とリスクマネジメントに基づく、医薬品の開発から市販後に渡る品質保証体系の構築が目指され、平成18年には、ICHQ8(製剤開発)、ICHQ9(品質リスクマネジメント)の二つのガイドラインが通知されるに至りました。その後、平成22年には、ISOの品質マネジメントの概念を取り込んだICHQ10(医薬品品質システム)が通知され、これらガイドラインにより、新たな品質保証体系が作られました。製剤開発により、開発段階から得られた知識を基にした重要品質特性(CQA)の特定が重要であり、CQAと製造工程の関係を明確にし、リスクマネジメントにより、管理戦略(製造管理及び品質管理)を形づくることが求められています。さらに品質システムでは、経営者の責任が言及されています。その後、PIC/S(製薬業界のGMP監査に関する協力の枠組みを定めている協会)への参加に至るまで、GMPの国際化が図られ、リスクベースのGMPへと進展しました。これらの取り組みにより、医薬品の品質は、規格試験のみに頼ることなく、ICHガイドラインやGMPなどにより、ライフサイクルを通じた一貫したシステムによる確保が可能となりました。

最近の品質確保対策の動き

 ここ10年の国の後発医薬品推進事業は、承認申請システムやGMPにより支えられている品質を、規格試験等により確認する作業となっています。この中には、前述の一斉取締試験が、定量試験、純度試験、溶出試験で大幅に拡大した形で実行されています。また、ジェネリック医薬品品質情報検討会における後発医薬品の溶出プロファイルの確認は,医療用経口固形製剤の品質再評価の対象製剤では、再評価後の溶出性の類似の確認作業ともなってきました。このあたりの経緯は、第130号巻頭の特論に筆者がまとめています。平成25年の第131号以後には,GMP対応の公的認定試験検査機関としての活動報告という章が設けられ,衛研で実施された品質試験の結果が毎年網羅されて掲載されるようになっています。医薬品の承認申請の国際化、GMP体制の拡充、後発医薬品の使用促進などを通して、衛研は研究機関であるばかりでなく,再び品質確保のための試験機関の要であることがはっきりと求められるようになりました。今後,医薬品のますますのグローバル化に向け,医薬品の規制の基盤となるレギュラトリーサイエンス研究と,それに裏付けされた適切な試験による品質確認の両輪が重要となっていくと思われます。