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過去のハイライト

 有効、安全で合理的、経済的な薬物治療を進めたい、あるいは、受けたい、これは、誰もが否定できない願いだと思います。そのためには、必要とされる患者情報を把握して、エビデンスやデータに基づき、個々の患者の状況に対応した医薬品の適切な選択が行われ、その後の患者モニターが的確におこなわれ、場合によっては更に修正が加えられていくことが基本と考えられます。これらをスムースに進めていくためには、科学的、基礎的素養をもとに、更に、臨床経験の積み重ねが重要です。この両面は個々の医療人に要求される面であると共に、両面が進められる体制の社会的整備も重要と考えられます。

 診断を行い、治療方針を立てる、これは医師の役割です。薬物治療が必要とした場合に処方箋が書かれ、その処方箋を受けて、薬剤師の活動が始まるということは、一見、合理的な役割分担のように見えます。しかし、この状況においては、薬剤師が得る患者情報は処方箋からの読み取りと患者からの聞き取りの2つの手段に限定されますので、必然的に薬剤師の活動は、患者を対象に処方箋を通じた薬物治療が進むための活動に限定されます。医師が薬物治療全般にわたって適正な目を常に向け対応していることを前提にした役割分担であることは明らかです。このような、情報の偏在、双方向の連携の欠如では、実質的に医師の負担が増え、一方、薬剤師の薬物治療への全面的展開は阻害されがちです。
 しかし、近年、この役割分担方式では不十分であるとの認識が社会的になされてきているように思います。チーム医療の推進について(チーム医療の推進に関する検討会 報告書:H22年3月19日 厚生労働省)では、『医療技術の進展とともに薬物療法が高度化しており、チーム医療において、薬剤の専門家である薬剤師が主体的に薬物療法に参加することが、医療安全の確保の観点から非常に有益である。さらに、在宅医療を始めとする地域医療においても、薬剤師が十分に活用されておらず、 看護師等が居宅患者の薬剤管理を担っている場面も少なくない。現行制度の下、薬剤師が実施できるにもかかわらず、薬剤師が十分に活用されていない業務を改めて明確化し、薬剤師の活用を促すべきである』等が述べられています。医療スタッフの協働・連携によるチーム医療の推進について(医政発0430第1号平成22年4月30日)では、『近年、医療技術の進展とともに薬物療法が高度化しているため、医療の質の向上及び医療安全の確保の観点から、チーム医療において薬剤の専門家である薬剤師が主体的に薬物療法に参加することが非常に有益である。また、後発医薬品の種類が増加するなど、薬剤に関する幅広い知識が必要とされているにもかかわらず、病棟や在宅医療の場面において薬剤師が十分に活用されていない』ことを指摘し、『現行制度の下においても薬剤師が実施することができ、薬剤師を積極的に活用することが望まれる業務として、①薬剤の種類、投与量、投与方法、投与期間等の変更や検査のオーダについて、医師・薬剤師等により事前に作成・合意されたプロトコールに基づき、専門的知見の活用を通じて、医師等と協働して実施すること。②薬剤選択、投与量、投与方法、投与期間等について、医師に対し、積極的に処方を提案すること』が挙げられています。

 社会が求める機能を薬剤師が果たすためには、薬物治療の対象である患者の情報に容易にアクセスできることが基礎条件です。現在では、多くの病院で、患者カルテや看護記録を薬剤師は必要に応じて閲覧することを可能とする認識になっており、また、患者に対する治療方針を話し合うカンファランスにも出席し、情報交換や情報共有も行う状況となってきています。
 人口構造の変化、疾病構造の変化に対し、我が国の医療体制の改革が求められています。今後は、特に地域での治療が大きな比重を占めることは明らかですが、しかし、病院での治療から地域での治療に移行させるための体制づくり、人材づくりは遅れ、線でも面でもつながらず、個人の献身的な努力でかろうじて点が所々で確保されていると言っても過言ではない状況です。薬物治療の患者情報についても同様です。
 そこに風穴があく動きが出てきています。在宅医療は医師、薬剤師、看護師などの医療者が協働で患者のために活動する現場です。必然的にそれぞれの医療者が有する患者情報を共有する事が行われる例が多くなってきています。薬剤師が上流のスタート点、即ち、医師が診断し治療方針や薬物治療方針を決定する場に、他の医療者と共に初めから存在し協働的に役割を果たすことが大切であることが先進事例から明らかにされてきています。在宅医療でない場合にも、薬剤師と医師が双方向に患者情報を交換し、より綿密な薬物治療を進める動きも報告されるようになってきています。

 OTC薬(一般用薬)は、地域の医療システムの中では重要な地位を占めます。初めて患者が医療システムに接触する場所がドラッグストア、薬局であり、OTCが対象となります。OTC薬を取り扱う者としては、医療の入り口をあずかる者としての意識と責任と能力が必要です。医師の診断もない条件下で、患者の病態を反映する情報や所見を自ら収集して疾患を推測し、さらに適切な対処法を選択して(トリアージ)提案することが求められます。これは、診断名の確定から、その症状、治療へと進めて行く従来型の思考の流れとは逆の方向で、薬学教育では弱い分野ではないかと思います。患者が訴える症候を対象に、その原因の可能性のある疾患を15や20は上げられる、更に患者からの聞き取りやフィジカルアセスメントなどによる情報から原因と想定される疾患を絞り込んでいくことができる能力を演習と実習を通じて向上させ、地域の医師、患者から担い手としての信頼を得ることが、地域医療の中で安心してOTC薬による効果的、経済的な薬物治療が進められる条件となると考えられます。1)

 患者の状態の把握を行った後に、最も妥当と考える医薬品を選択することが課題となります。妥当と考える医薬品の提案は、医師との協働を行っている場合には、医師からも意見を求められ、適切な回答を示すことで信頼を得てきているとの報告がなされてきていますが、医師との具体的な協働関係が出来ていない場合は、当然、この課題は出てきません。しかし、次の理由から、薬剤師が患者にとって最も妥当と考える医薬品の提案が求められる状況が強まっています。1つには、医学教育において薬物治療に関する教育は相対的に少なく、そのため、医師が行う医薬品選択は実地医療での経験と自己学習が主にならざるをえないこと、2つには、1で述べたことが反映しているかも知れませんが、我が国の医薬品の使われ方が、世界の標準と異なる場合のあることが指摘されています。例えば、インフルエンザの治療薬であるオセルタミビルの全世界での使用量の約7割を日本が占めているという状況が該当します。3つには、保険医療体制の経済的維持が困難となっており、今後、医薬品の選択についても科学的、合理的、経済的な理由が必要となることが推定されます。
 医薬品の選択を客観的に行うためには、エビデンスの収集と客観的な評価によって作りあげられた情報が必要です。数多くある薬物治療に関係した臨床研究論文を批判的に吟味できる能力、その力の上にエビデンスの集積を医療の中に確立することは必須の条件と考えます2)。個々の薬剤師がそのための素養を有していることと合わせ、グループ、団体として第三者的な立場で評価する作業を行い、情報を社会に対し発信する機能も考えなければならないと思います。
 一方、このような科学性を背景に、個別の患者、個別の症例への対応についても経験を豊富化し深める作業を積み重ね、臨床適用能力を高めることが同時に必要です。医薬品の科学的で客観的な評価を行える集団が存在したとしても、その力が薬物治療における医薬品選択や治療評価に影響力を発揮できる状態になければ有効性を示し得ないでしょう。患者への服薬指導、副作用モニターの範囲に限定せず、病院でも地域でも、薬物治療の方針決定の場にも薬剤師が医師との協働で役割を果たすよう、時代、社会の要請を背景に、薬剤師教育と薬剤師職能の考え方を大きく変更していくことが必要と考えます3、4)。

 病院や地域におけるチーム医療の中で、薬剤師が医薬品の客観的な評価、および、薬物療法の計画、実施、評価を担うべき医療職だと思います。批判的吟味ができること、客観的な立場で治療に用いる医薬品の評価を行い、医療の現場で、薬物治療が科学的、客観的、経済的に進められていくための推進力を担うこと、これが、実質的な医薬分業での薬剤師の今日的役割ではないかと思っています。また、この確立に医薬品の臨床科学の面からサポートすることが学会としての役割であると考えられます。

1) 木内祐二、狭間研至、OTC 薬、プライマリケアを対象とする 薬剤師の臨床判断ワークショップ 対象症候「頭痛」、アプライド・セラピューティクス、3、9-12、2012.
2) 2ページで理解する標準薬物治療ファイル、日本アプライド・セラピューティクス学会編、東京、南山堂、2013.
3) 川名純一、小川竜一、高橋晴美、神山紀子、陳 惠一、緒方宏泰、科学的・合理的な薬物治療を実践するための疾患別SOAPマスターファイルの作成とその臨床適用−高血圧症−、アプライド・セラピューティクス、2、10-35、2011.
4) 小川竜一、陳 惠一、緒方宏泰、科学的・合理的に薬物治療を実践するための文献評価の取り組み、アプライド・セラピューティクス、2、36-60、2011.