トップページ > 過去のハイライト

過去のハイライト

 薬剤師は、これまで、医療貢献のために、たくさん良いことを一生懸命に行ってきました。しかしながら、患者さん(=社会)から高い評価を受けることはありませんでした。“それは何故だったのでしょうか?”そして“その打開策はあるのでしょうか?”について今回、私の考えを述べさせていただきます。

 私は大学病院薬剤部時代、医師が難治性患者さんに対する苦悩を綴った衝撃のカルテを見たことがあります。それを見て難治性患者さんに対し苦悩していない自分を知りました。これが、薬剤師が患者さんから評価されない最大の理由なのだと思いました。
 それでは、難治性患者さんに対し苦悩するとはどういうことなのでしょうか?患者さんの苦しみを深く理解し共感してあげることでしょうか。これでは見舞い人と同じです。では、患者さんから大きな評価を受けた医師はどうしてきたのでしょうか?目の前の難治性患者さんを救いたいという強い想いから不可能を可能にする技術を生み出し(完成まで想像を絶する苦悩と多くの医学研究者のサポートがありました)、それを患者さんに施したわけです。そう、苦悩とは難治性患者さんから決して逃げないで、病と闘い続けることです。これが、医療人としての苦悩です。医師の苦悩により生み出された新技術により、患者さんは治癒し感動しました。それが医師の評価を著しく高めました。  

 薬剤師も患者さんの高い評価を手にしたければ、難治性患者さんを相手に医師同様、不可能を可能にする新技術(=薬術)を創出すればよいのです。これを現実のものにするには、オール薬剤師とオール薬学研究者(薬学部や研究所で働く研究者)の強固な団結が必要となります。これは、医学に引けを取らない高いサイエンスを有する薬学だからこそ必ず薬術創出を現実のものにできるはずです(薬学研究者は創薬等で不可能を可能にしてきたプロセスを経験している方も多いことでしょう。薬術創出のために薬剤師と共に苦悩していただく人材として適任なのです)。私も大学病院薬剤部時代(36歳の頃)に薬術創出のための研究に着手し、苦悩の末に、“薬学的分布診断法とそれに基づく効果的な投与法”を創り、難治性関節リウマチ患者さんの疼痛緩和を行いました(補足は参考図書参照)。しかし、私の薬術だけでは全ての難治性患者さんに笑顔を与えることは到底できませんでした。数多くの薬術が創出され、それを極める薬剤師がいなければ、多くの難治性患者さんを救うことはできないのです。どう考えても、私の薬剤部時代も薬学教員になった現在も、薬術創出の方向性は薬剤師にも薬学研究者にもないように思いました。そこで、私は、既に現存するフィジカルアセスメント技術を薬学教育および薬剤師職能に導入させることを“医療人GP”の助成金で2006年度から懸命に取り組んだわけです(薬学実習および薬剤師研修へのシミュレータ教育の重要性も最初に訴えました)。これは、薬剤師の“患者さんに触れない医療”から“患者さんに触れる医療”への転換を意味し、薬剤師医療のタブーに切り込む戦いでもありました。つまり、このタブーな技術で薬剤師の知識中心の医療を改革したいと思ったわけです。そして、この改革が成功すれば、薬剤師は技術力のもつ無限の可能性に気づき、必ず薬術創出に想いが向かうと確信していたからです(医師は診察技術であるフィジカルアセスメントを確立した後、多くの想像を絶する技術を開発・確立してきました)。

 薬剤師には、どのような技術と道具が必要なのでしょうか。考えてみることにしましょう。薬剤師に役に立つなら何でもよいというわけではありません。ここが、とても重要なのです。私は、“難治性患者さんを前にしたとき、熟練した内科医と薬剤師の薬に対する考え方の違いはどこにあるのか”という考えに及び、この答えを導き出すのに苦悩しました。その答えはこうです。熟練した内科医は、現在使用している薬(A薬)が患者さんにどうしても効きにくい場合、これまでの経験からB薬に変更する。一方、薬剤師は、B薬への変更はこの患者さんに対し未知の薬を投与するのと同じ危険性を持つことを認識し、薬学に基づく技(=薬術)を使ってA薬の効果を最大限に引き出すことを試みる、というものです。 熟練した薬剤師は、“薬を変える”のではなく、“薬の効果を最大限に引き出す”技術を持つべきなのです。つまり、薬の効果を最大限に引き出すタイミングを見出すものが薬学的診断法であり、その診断を基に効果的な投与法を行うことが最も重要なのです。これを薬剤師に患者さんの目の前で施行させるには、手軽に持ち運べる聴診器様の小型の薬学的診断道具も必要となります。

 最後に、薬剤師だけでなく薬学研究者の評価を上げることも考えてみましょう。患者さんに薬学研究者のイメージについて質問したとします。たぶん、ほとんどの人は、よく分からないと思います。つまり、薬学研究者の存在は、患者さんに意識されないということです。では、どうすれば患者さんから意識してもらえるのでしょうか。患者さんと常に接する薬剤師を強力に支援することしか、その策はありません。どういうことかといえば、“患者さんの目の前で施行されているこの薬剤師の高い技術力(=薬術)は薬学研究者の研究の成果で創出された”としていくことです。これにより患者さんのみならず薬剤師も薬学研究者に感謝することになります。そもそも、ノーベル賞またはそれに匹敵する研究を行った研究者でない限り、患者さんから認識されることもないわけです。ここで、創薬に関わる薬学研究者について考えてみましょう。薬学研究者による新薬開発は我々の誇りです。ましてや、その研究者が友人となれば鼻が高くなります。では、この新薬開発は患者さん目線ではどうなるのでしょうか?問題はここからです。たとえば、難治性患者さんがこの新薬で長年苦しんできた病から解放されたとします。この患者さんはどう考えるのでしょうか。“私を診察してくれた医師が、私の病気を改善する新薬を処方してくれたから治りました”となり、その医師に対し大いに感謝します。ここで、患者さんは“薬学研究者の〇〇先生がこの新薬を創ってくれたお蔭で治りました”とは思いません。つまり、新薬による手柄は、医師に持っていかれるわけです。そうであっても、薬剤師は薬術創出のお礼に「この新薬は薬学研究者のユニークな発想のもと開発されたものです。彼らのすごいところは・・・」と患者さんに薬学研究者の偉大さを伝えてあげると良いと思います。
 とにかく、薬学研究者には薬剤師を発展させる薬術創出の使命も担っていただけないでしょうか。よろしくお願いいたします。これでようやく薬剤師と薬学研究者が一つになれます。

 薬剤師と薬学研究者が強固に手を取り合って、薬学研究者の研究成果を投入して創出した“薬学的診断法とそれに基づく効果的な投与法”とそれを施行するための“小型の薬剤師版の聴診器のような道具”を数多く完成させようではありませんか。近未来において、薬剤師はこの薬術を用い、患者さんの目の前で、薬物治療において難治性患者さんの苦しみを抜いて楽を与えること(抜苦与楽)を実践していることでしょう。

 髙村徳人、がんばろう薬剤師-医療貢献のための道を探る-、講談社、2013.3