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過去のハイライト

 「CRC」と聞いて何のことだかわかりますか? Clinical Research Coordinator すなわち、治験コーディネーターのことです。ジェネリック医薬品推進政策と新薬等創出加算制度の影響で、製薬企業の医薬品開発は、Unmet Medical Needs (未充足医療)に応えられる革新的医薬品に集中し、その数も近年、急速に増えています。治験と称される臨床試験では、そういった医薬品候補物質の有効性と安全性を評価するわけですが、患者さん登録や膨大なデータ管理など多くの煩雑な業務が、その裏で発生しています。その仕事の流れがスムーズにいくよう統率するのが治験コーディネーターの仕事です。私のところでは、現在、約10名、治験関連の業務に携わっておりますが、そのうち薬剤師は4名です。医学的な専門知識を求められますが、新薬を開発するわけですので、もっと多くの薬学出身者に興味を持って欲しいと常々思っています。欧米と比べて、日本では CRC という職業があまりメジャーではありませんが、新薬を創出する上で不可欠な職種ですし、現状を鑑みましても、今後、頭数を増やしていかなくてはなりません。当センターでは、ひとりの CRC が並行して平均5つのプロトコールを担当していますので大忙しです。

 「ドラッグラグ」という言葉があります。ある新薬が世界のどこかで発売された日から、何年か後に日本で発売されるまでの期間です。日本は、ドラッグラグの大きい国で、約4年のラグがあります。つまり、海外で既に使われ、多くの患者さんの病状をコントロールしている新薬が、日本の患者さんには届かないという問題がしばしば起こります。その解消手段の一つとして、日本と海外で同時に同じプロトコールの治験を進める「国際共同治験」が年々増えてきています。その結果、より多くの症例数が短期間で集まるようになり、ドラッグラグの問題も大きく改善されつつあります。これは、日本の医療関係者および患者さんにとって喜ばしいことではありますが、治験センターは益々忙しくなります。特に治験に参加する患者さんの登録が大変です。実はプロトコールに即した条件に見合う患者さんの治験登録において、多くの場合、日本は諸外国よりも遅く、各国に遅れをとることがしばしばあります。しっかりと、適切な登録が予定通りに完了するか否かは、CRCの力量に負うところもあり、今後、更に CRC の質と数を充実させることが求められています。そのためにも、薬学教育カリキュラムの中で治験に関する教育をより密にしていただきたく思います。できれば、薬学部と治験センター、さらには製薬企業、CRO (Contract Research Organization)などとも協力しあって、治験教育を提供できればと考えています。

 医学薬学の専門知識をベースとして、医師、患者さん、企業のCRA(Clinical Research Associate)とコミュニケーションを図らなくてはなりませんので、対人スキル(関係構築、交渉力)の高い方が望ましいです。また、チーム医療の中で、治験設計のプロとしてのリーダーシップが求められます。医師を前にしても、堂々と意見を言えることが大切です。勿論、患者さんの立場を第一に考えられるマインドを持つことが必要なことは言うまでもありません。あとは、やはり英語ですね。国際共同治験のプロトコールは英語で書かれていますので、その内容を正確に把握できなくてはなりません。英文学術誌を読み下せるだけの専門英語の力が欲しいところです。

 地方国立大学で医学部と薬学部を併せ持つところは少なく、県内に薬系大学をひとつも持たない地方の病院では、薬剤師不足がしばしば重要課題となります。高知県も薬系大学を持たない県のひとつで、薬学を志す若者は、皆、県外に出てしまいます。そして、多くの場合、卒業後も高知に戻らず、大都市で就職してしまうケースが多いようです。しかしながら、高度の知識を必要とする革新的新薬やバイオ医薬品が今日次から次へと誕生し、バイオマーカーの指標に基づいた個別化医療も始まっています。そのような中、これら新薬の有効性を最大限引き出し、副作用発生時には迅速に対処できる体制の構築が最優先の課題であり、医師同様、薬剤師も地域医療においては欠くことのできない存在となっています。ましてや、治験センターにおける薬学出身者への期待はとても大きく、卒業後は地元に戻るということも一つの選択肢として考えて欲しく思います。また、医学部の大学院に入学するのも一案です。臨床薬学に関する学術的貢献をするだけでなく、企業が採算性の問題から手をつけられない疾病に対する創薬研究を行うことも可能です。

 薬学は、医学同様、人の生命に関わる学問です。6年制薬学部で学ぶ方々は、医療機関での実務実習を経て、そのことを実感するはずです。生の人間の喜怒哀楽に触れ、自分が目指す職業の社会的価値を知り、将来のビジョンを描いてください。きっとたくさんの絵を描くことができることでしょう。また、4年制、6年制を問わず、薬学を学んだ方々には「くすり創り」を常に念頭に置いて欲しいと思います。ここで言う「くすり創り」とは、研究室での創薬だけでなく、治験、さらには育薬とも呼ばれる市販後調査も含まれます。また、以下に述べるように「くすり創り」を取り巻く環境は大きく変わってきており、その中で薬学出身者の更なる活躍が期待されています。

 今なお、適切な治療法が見当たらない疾病は2万種類を超えると言われています。これら Unmet Medical Needs と呼ばれる領域では、これまで以上に革新的なアプローチで新薬開発が行われており、抗体医薬や分子標的薬といった、同じ病気でも患者さんによって効き方が異なる薬が市場にも登場してきました。つまり、臨床薬剤師は、さらに多様性のある医薬品情報を持つ必要があり、新薬の投与を受けている個々の患者さんのリスク&ベネフィットをしっかりと見極められる目が必要となります。このことは、「かかりつけ薬局」の薬剤師にも言えることで、今後、抗がん剤の外来処方が増えるにつれ、しっかりとした患者さんの管理が求められます。このように現場の薬剤師がしっかりとした患者さんのリスク&ベネフィット管理ができるようになると、より踏み込んだ治療を医師もトライできますし、製薬企業も切れ味のよい薬を安心して開発できるようになり、治療の選択肢が広がります。こういった意味で、これからの薬剤師の責任は極めて重大だと思います。病院では、製薬企業が主導する治験のみならず、医師主導の治験も実施されています。また、医学の発展に寄与する臨床研究も盛んに行われています。創薬研究や製剤研究は、製薬企業だけでなく、医療機関においても実施されていることも念頭に置き、皆さんのビジョンにあった就職先を選んでください。