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今月の薬草
バッカクキン
Claviceps purpurea Tulasne ( バッカクキン科 )
バッカクキン Claviceps purpurea Tulasne (バッカクキン科)ライムギに見られる麦角 バッカクキン Claviceps purpurea Tulasne (バッカクキン科)栽培中のライムギ
ライムギに見られる麦角 栽培中のライムギ

バッカクキン Claviceps purpurea Tulasne (バッカクキン科)野生のカモジグサに見られる麦角
野生のカモジグサに見られる麦角
 主にイネ科やカヤツリグサ科などの植物に寄生する子嚢菌類です。世界各地に分布していますが,バッカクキンは特にライムギに感染,寄生しやすいといわれています。作用が激しい成分を含むため,有毒キノコ類に分類されています。胞子により花に感染します。寄生した菌は,雌しべの子房内で増殖した後,長楕円形の菌核を形成します。そして植物の種類によって異なりますが,夏から秋にかけて菌核は子房の外に露出します。一般的に菌核の大きさは,宿主の種子の大きさと関連するとされ,ススキやクサヨシなど種子が比較的小さい植物に寄生したバッカクキンは,その露出する菌核も小さい傾向にあります。菌核は成熟して脱落し地上に落下しますが,発芽に必要な気温や土壌湿度などの条件が満たされるまで休眠します。そして発芽に適した環境になると,休眠から覚めて発芽し,キノコ状の小さな子実体を形成します。因みにバッカクキン科には,強壮薬としてよく知られるトウチュウカソウ(冬虫夏草)なども含まれています。
 和名はライ麦などの麦類に寄生し,菌核があたかも角に似ていることから名づけられました。薬用には菌核を用います。生薬名をバッカク(麦角)といい,医薬品原料とします。単離精製された含有成分は,子宮収縮薬や子宮止血薬,偏頭痛の改善などに利用されていますが,これら成分は作用が激しいことから劇薬に指定されています。また麻薬および向精神薬取締法に指定されているLSD(リゼルグ酸ジエチルアミド)は,1938年,スイスの化学者のAlbert Hofmann(1906-2008)により麦角成分の研究中に発見されたものですが,麦角成分であるリゼルグ酸の誘導体として合成されたものです。
 麦角の誤食による中毒症状は,重篤な場合は死亡や妊婦の流産,身体の一部が腐敗する壊疽など悲惨なものです。そのため紀元前の時代から麦角は,有毒なものとして恐れられ,決して口にしなかったということです。ところがヨーロッパでは,ライ麦を主食とするようになると中毒事故が多発し,深刻な事態となった時期がありました。幸いにも現在においては,農薬などの普及により中毒事故はほとんど見られなくなりました。しかしライ麦畑やイネ科の雑草が生い茂る農地や原野を観察すると,思いのほか,多くの麦角の発生を目にします。近年,無農薬農業に関心が集まっていますが,麦角中毒の怖さを改めて認識し,バッカクキンの流行に対する危機管理(リスクマネージメント)をおろそかにしてはならないと思います。(磯田 進・鳥居塚 和生)

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