トップページ > 薬学と私 > 特定非営利活動法人 HOPEプロジェクト 桜井なおみ 氏 「BE A PHARMACIST 未来へのビジョンをもって職能領域を築こう」

薬学と私 患者会

 患者中心のがん医療を推進する米国テキサス大学M.D.アンダーソンがんセンターの壁には、BE A NURSEというポスターが張ってあります。“看護師たれ”という意味でしょうか。同センターを訪れたのは、乳がんになって日本のがん医療の抱える問題に気づき、海外における患者中心のチーム医療の現場を見て勉強したいと思ったからです。M.D.アンダーソンでは、施設内のあちこちで、外科医・腫瘍内科医・ナースプラクティショナー・薬剤師がカンファレンスを行い、そのまま病棟の患者さんの部屋に入っていく光景が見受けられます。医療に関わる全ての人がチームの一員として職能を生かしあい、患者さんの近くにいることに感銘を受けました。ポスターではBE A NURSEでしたが、他のあらゆる職種についても、“BE”=“職業人としてプロであろう”、“チーム医療の中で自身を最大限に生かそう”という誇りを感じました。

 実は私は、薬学と不思議な縁があります。私の母が薬剤師で、子供の頃から家には乳鉢があり、くすりの世界は身近にありました。私自身も、一度は薬学部に入学していますが、その時の私には、化学は自分の世代だけでは答えがなかなか出ない長い道のりに思え、物作りの実感を味わいたくて都市計画を勉強するために転学した経験があります。私が乳がんになったのは、大学卒業後、アトリエ系デザイン事務所に勤め、部下も持つようになっていた37歳の時でした。診断を受けた時は、頭が真っ白でした。

 診断後、外科手術と術後化学療法を受けることになりましたが、私は母が薬剤師だったこともあり、薬のことは薬剤師の方に、手術や予後については外科医に、食生活など生活上の注意点については看護師に聞くというように、自分でチーム医療体制を作ってしまう患者でした。例えば、薬剤の副作用で血管炎が発症したときも、対処法だけでなく、なぜ起きるのかを薬剤師の方に質問していました。なぜ副作用が起きるのかを知ることで、薬の作用を納得して受け入れていくことができました。私の入院した病院では、主治医も薬剤師も、毎日病棟に上がってきてくれましたし、なんでも質問していいと言われていました。それでも、一般の患者さんはなかなか自分から質問ができないようで、私が病棟で薬剤師の方に質問をしていると、他の患者さんも聞きたいので行列ができました。ほとんどの患者さんは、医療者に対して遠慮があると思いますので、周りからも働きかけて、治療や薬について質問をできる環境を整えることが大切だと感じました。

 乳がんの診断から約8ヶ月後に、職場復帰をしました。デザイン事務所の仕事は、パソコンを使う仕事が中心なのですが、リンパ節をとったために、午後になるとむくんでマウスが握れなくなり、それまでと同じペースで仕事を続けることが困難でした。この経験から、患者自身ができること・できないことを受け入れて新しいワーキングスタイルを見つけることの大切さと共に、職場の理解を得る必要性も痛感し、「がん患者の就労」を考える一般社団法人CSRプロジェクト(Cancer Survivors Recruitingの略)を立ち上げました。がんの予防や治療の情報に比べて、社会復帰後のことについては、まだ周りからの理解が足りないというのが現状です。しかし、早期診断や早期治療が進んだ現代は、がんと診断された後も、患者さんが、がんと共に主体的に生きること(サバイバーシップ)が可能です。日本におけるがん患者の就労に関する調査を行い、それに基づいた提言書を作成、関連機関等に配布すると、メディアでも取り上げられました。その結果、がんと診断された後の患者さんの生活と就労というテーマにも、少しずつ社会の関心が集まるようになってきました。薬剤師の皆さんからも、復職を視野においた説明やアドバイスがあれば、もっと患者さんは自分の将来設計が描きやすくなると思います。

 患者支援活動を行っていくなかで、海外の患者会活動を見て気づかされたこともあります。アメリカでは、がんを罹患してから何十年もたった人たちが、初めてがんになった患者さんのための支援や、国のがん対策に働きかける活動に関わることは珍しくありません。あれほどの国土に、異なるがん種の患者会が存在しているにも関わらず、ひとつの目標に向けてまとまって進むことができるのです。なぜか聞いてみたことがあるのですが、一様に「自分の大事な人や次の世代が同じことで悩まないようにしたい」という答えが、返ってきました。薬剤師の皆さんにも、なぜ自分は薬剤師になったかという原点を忘れずに、未来へのビジョンを持って、チーム医療の一員としての自らの職能領域を広げていっていただきたいと思います。病棟で患者さんに深く関わることでも、創薬に携わることでも、どんな形でもよいので、BE A PHARMACISTの気概を持ち、日々の仕事に取り組んでいただくことを願っています。