トップページ > 薬学と私 > 四国がん対策連携協議会理事長 NPO法人高知がん患者会「一喜会」会長 安岡佑莉子 氏 「決してあきらめないこと」

薬学と私 第6回

 日本薬学会のホームページには、薬について勉強している大学生や、将来、新しい治療を待ち望む患者の役に立とうと考えている高校生が多く訪れてくると聞きました。私がこれからお話しすることが、将来の「患者中心の医療」に結びつくことを願っています。

 私の娘がスキルス胃癌で余命1年と診断されたのは、1999年、今から11年前のことです。彼女がまだ22歳の時でした。病院からの帰り道がとても長く感じられたあの時の重苦しい気持ちを今でも忘れることができません。

 自分の愛娘がいなくなるなどとても考えられず、スキルス胃癌についてのありとあらゆる情報を集めました。医師に宛てた手紙の数は100通を超えていました。しかし、行き着くところは「絶望」の二文字。ご丁寧に返事をくださった医師の書簡には決まって「残念ですが。あきらめて残された時間を大切に過ごしてください」と書いてありました。

 そんな彼女が今は結婚もし、一昨年、無事出産も成し遂げ、家族ともども幸せに暮らしています。この奇跡的な出来事の裏には、ひとりの医師との出会いがありました。先生から学んだことは、

「決してあきらめないこと」

 私が調べた情報は、ほんの一握りでしかなく、公表されていない情報がたくさんあることを知りました。胃摘出後に腹腔内を抗がん剤で洗浄するという当時では画期的だった手法が功を奏したのか、娘は死の淵から奇跡的に生還することができました。

 この運に報いるために、同じ境遇にある方々に私の経験を伝える活動として高知県がん患者会「一喜会」を2002年に立ち上げました。患者同士が集まって気軽に情報交換できるようにと、「がんサロン」も作りました。がん患者にとって情報があることは、将来の希望に繋がります。

 医療情報は確かに難解であることが多く、患者が誤解することを危惧する気持ちもよくわかります。有効性や安全性がすべて統計上の話であることは、なかなか一般大衆の腑に落ちないところで、「効かない」「危ない」といった誤った方向に話が行ってしまうことがよくあります。

 一昨年、ドイツ・ベルリンで開催された欧州臨床腫瘍学会(ESMO: European Society for Medical Oncology)に出席してきました。そのついでに欧州でも伝統のある難病専門病院「シャリテ」の病院長と面談し、ドイツでは治験情報が即時患者会に届く仕組みがあることを聞かされて驚きました。しかし、それは、ドイツの患者が自分の病気と治療について、しっかりと勉強しているからだと知り納得しました。

 日本では「お任せ医療」が一般的で、患者は治療の選択すらすべて医師に任せてしまいます。これでは、医師も思い切った治療ができず、リスクの一番低いものを選ばざるをえません。つまり、効果も薄いということです。リスクの無い治療は存在しません。患者は、治療の選択肢についてよく勉強し、その効果と副作用について医師と十分話し合い納得した上で、患者自らが選択することが重要です。その中で、治験もひとつの選択肢としてあげられるはずです。

 がん治療には、医師が主体となる身体の痛みを取る治療の他に、心の痛みを取ることも重要であることを忘れてはいけません。がんになると、ほとんどの人が心を病みます。薬剤師の皆さんは、患者と直接接する機会がありますので、十分、その医療に関与することができます。決して患者を励ます必要はありません。ただ、心の支えにはなって欲しいと思います。

 もし、この文書を読まれている報道関係の方がいましたら、「あなたもチーム医療の一員です」という言葉を贈ります。当局や医師、製薬企業を叩くのを目的とするのではなく、患者にもっと希望を与える報道をお願いします。