トップページ > 薬学と私 > 阿蘇医療センター 薬剤部長 近藤元三先生「薬物療法のキーパーソン 病院薬剤師」

薬学と私 第56回

 私は、熊本医療圏の中核病院で約40年間病院薬剤師として仕事をしていました。病院薬剤師の業務は、電子カルテの普及・調剤周辺機器の開発・薬学教育6年制移行やチーム医療の拡大で大きく変わっています。電子カルテの導入は、医療スタッフ間での患者情報の共有を円滑にし、各職種の専門性を生かしたチーム医療を実現していますし、バーコードを利用した医薬品取り違い防止システムや注射薬を一施用ごとにセットするピッキングマシーンなどの周辺機器の開発は、ヒューマンエラーを減少させると同時に作業効率を向上させています。抗悪性腫瘍薬の調製は、医療従事者の曝露を回避するために安全キャビネットを使用し、集中治療室では、ハイリスク患者感染制御のためにクリーンベンチによる注射薬無菌調製が日常業務として広がっています。調剤は、処方箋情報を確認する業務から、疑義がある場合は、調剤室の電子カルテで患者の現病歴・治療経過・現在の状態を確認しながら進められるようになり、薬物療法の安全性と効率性は格段に向上しています。このような対物業務から対人業務へのシフトは、40年前には想像もできなかったことですが、そういった変革の時代に身を置けたことは大変幸せだったと思っています。
 この40年の間に、思い出深いイベントも数多くありました。平成9年には、熊本市医学交流事業でドイツのハイデルベルグ大学病院で1カ月間、病院薬剤師業務を経験しました。ハイデルベルグ大学病院では、抗がん剤の無菌調製は、薬剤師が責任者として業務を統括し、抗がん剤調製は特別の教育を受けたテクニカルアシスタントが行っていました。TPN調製でも同じような体制で、最終的な調製確認の方法は重量鑑査でした。院内製剤は、手順書に従いテクニカルアシスタントが行い、製造した薬品についての品質試験は、製造直後だけでなく一部を有効期限まで保管し独自に実施していました。限られた薬剤師の人員でも、ポイントを絞りアシスタント体制を整備し、医薬品調製の責任者として薬剤師を活用するシステムには、ドイツならではの合理性を深く感じました。

 また、平成15年には、私も発起人の一人になって、がん薬物療法の適正使用を推進するためのオンコロジー研究会を設立しました。研修会の開催回数は、平成28年11月で57回になります。オンコロジー研究会の代表的な取り組みの一つは、平成22年から3年間、日本病院薬剤師会の学術活動として取り組んだ、日本病院薬剤師会学術委員会第2小委員会「経口がん分子標的治療薬の投与量並びに適正使用に関する実態調査」です。当時は、分子標的薬についての情報が十分でなく、副作用マネジメント・患者教育を担当する病院薬剤師は大変苦労していました。このような大規模調査のリーダーはもちろん初めてでありましたが、この調査には、全国の56施設が協力され、全国には思いを同じにする薬剤師が多くいること、調査協力のお願いをした集まりで、調査対象薬を服用し副作用に困っている方がおられ、調査結果に期待していると言っていただき、大変勇気づけられたことを覚えています。
 がん治療のもう一つの柱は、緩和医療の充実です。平成19年に、医師・薬剤師・看護師・栄養士からなる緩和医療チームを作り、毎週月曜日にチームで病棟回診を開始しました。チーム結成3年後、3年間に処方された麻薬処方12,000件近くの内容を調査しました。その結果、医療用麻薬の使用実態や問題点が浮き彫りとなり、医療用麻薬の適正使用のためには薬剤師の力が不可欠であることを実感しました。また、チームへは近隣の在宅緩和ケアの専門診療所の医師が参加するようなりました。経験豊富な緩和医療の専門医の参加で、死を前にした患者の心情を理解し共有することで、患者とその家族へ丁寧な対応ができることを学びました。

 平成28年4月に熊本地震が発生しました。阿蘇医療センターは、2年前に新築した免震構造の病院で、建物の被害は少なかったのですが、28年3月まで勤めていた熊本市民病院は倒壊危機の状態という信じ難い思いも経験しました。阿蘇医療センターでは、本震直後から、数多くのDMATが集結し、早朝から救急車の車列を作り、センターから被災地・避難所へ出動する様子を見ると、感謝の気持ちで心がいっぱいになりました。
 患者が増加し、私たちの業務も大変な状況でしたが、日本病院薬剤師会の派遣薬剤師14名や救護班の薬剤師が交代で継続的に支援してくださり、医薬品の確保、調剤、持参薬の内容確認などに総力を挙げて取り組み、地域住民のための医療を継続できました。被災地域は、継続的に支援を受けることで、大地震後でも復興への意欲を持ち続けることができると痛感しております。
 人生観がひっくり返るような経験をした訳ですが、震災時にも常に患者さんのことを考え、冷静に行動できたことは、40年近く病院薬剤師を続け、薬物療法のキーパーソンであるという気持ちを持ち続けられたおかげだと思っています。病院薬剤師の業務内容の本質は、薬物療法の安全性・効率性そして有効性を高めるために医薬品の適正使用を進めることです。薬学的視点に立った臨床研究が十分でないために判断に困ることがありますが、特に若い病院薬剤師の方々には、薬物療法のキーパーソンとしての自覚を持ち、今まで以上に日常業務や研究に取り組んで頂きたいと思っています。
 実際、患者は薬の専門職である薬剤師の存在に気づき、病気や薬の相談をしています。チーム医療が普及している病院では、医師・看護師などのチーム医療の仲間から薬剤師への相談が増えています。病院薬剤師は、薬力学・薬物動態学・薬理ゲノム学・薬剤学・製剤学などの薬学を基盤とした薬物療法の研究を進め、患者・家族・病棟スタッフが日常的に困っている薬物療法の問題を解決すれば、社会の大きな喜びとなります。これからの医療を支える、若い薬剤師の活躍を、心より期待しています。