トップページ > 薬学と私 > 日本薬剤師会副会長 薬局セブンファーマシー 七海朗 先生 「一日一生」

薬学と私 第5回

  2011年3月11日三陸海岸沖を震源とする国内観測史上最大のM9.0という大きな地震とそれに伴う巨大津波の災害が発生しました。

阪神淡路大震災と違うところは、
 ①非常に広域であること
 ②地震と大津波であったこと
 ③病院・薬局は生きているところもあること
 ④原子力被害があること など
が考えられます。

 阪神淡路大震災のあと、各都道府県行政と各薬剤師会との間に「災害時ボランティア派遣等の協定書」が作成されました。更に、日本薬剤師会では災害電話(緊急時緊急電話)を設置し、都道府県単位に支部単位まで設置するように要望してまいりました。回線不安定なところもありましたが、日本薬剤師会から都道府県への連絡はかなり有効に働いています。

 今回の災害に鑑み、日本薬剤師会では災害対策本部を立ち上げました。
 e-メールアドレスは、jpa-saigai@nichiyaku.or.jpです。

 先発隊として、児玉孝日本薬剤師会会長自身有志数名とともに、災害救援車両に乗り込み、3月16日午前8時30分に日本薬剤師会を出発し、現地視察をいたしました。
 「どのように薬剤師ボランティアを派遣するのか」
 「一つのボランティア単位を何人にして、どこに優先的に派遣するのか」
を考慮する上で欠かせないものです。

 今回のボランティア活動は長期にわたる可能性があります。阪神淡路大震災の時は約3カ月で撤収しました。撤収の時期の判断も難しいものです。今回はそれにもまして困難が伴うと予測されます。被災地の一刻も早い復興をお祈りします。

 私達、薬剤師が何気なく使う言葉に「投薬」という言葉がありますが、一般の方からみると随分と乱暴な言葉に映るようです。しかし、この言葉が、「薬師如来による天からの施薬」を意味することを知る人はそう多くはいません。また、「薬剤師」という言葉は、先達が仏様と同じでは恐れ多いと、「剤」を入れて「薬剤師」となったとされています。

 私の究極の夢は、この薬師になることでしたので、大手製薬企業を退職後、保険薬局を平城京の北方に位置する神功(じんぐう)に開設しました。院内調剤が主流で、処方せんを薬局に持って来られる患者さんは稀だった時代のことです。

 はじめは、自分が推奨した薬が効いているのか健康被害を及ぼしていないか心配で、眠れぬ日もありました。社会における薬剤師の役割を世間で認めてもらい、医薬分業を進めることが国民のためと考え、妻と二人で我武者羅に仕事に励みました。

 日々、薬局の薬剤師として活動しておりましたが、忘れられない出来事として、1995年1月17日に起きた阪神淡路大震災があります。奈良は幸いこの震災の被害を受けませんでしたが、被災地の医療状況を考えると、いてもたってもいられず、被災から3日後の1月20日に、ボランティアの薬剤師として現地に赴きました。

 救援物資として、製薬企業から自治体を通して医薬品が被災地に送られてきていましたが、「薬」と名のつくものは全てを一ヵ所に積み重ねられていました。現場では、薬を必要とする患者さんが適正に使用できるように、まずは、医療用医薬品、OTC医薬品(市販薬,大衆薬)といった仕分けからはじめなくてはなりませんでした。並行して、毎日服用していた薬をどう入手するかなどの問い合わせが市民から相継ぎ、その対応等に、皆大忙しの毎日でしたが、基本的にこの仕事は薬剤師だからこそ貢献できた仕事だったと思います。

 薬剤師会の呼びかけもあり、薬剤師のボランティアは最終的には5,000名程になり、組織的な活動へと発展しました。この被災地での薬剤師活動を通じて、薬剤師の役割がいかに重要なものかが世間に認知され、それが、医薬分業の進まなかった関西圏でも徐々に分業に踏み切る医療施設が増える一因にもなったと感じます。

 その後、急速に分業が進み、今や、病院や医院があると、その近くに調剤薬局が必ずあるという時代となりましたが、診療は帰宅途中に受け、調剤は家の近所の薬局でという方が結構多くいるようです。つまり、保険薬局は地域の方々との繋がりが非常に強い医療提供施設であると考えます。薬を患者さんにお渡しする時のコミュニケーションは勿論、高齢の患者さんの場合には、時折自宅を訪ね、薬の飲み残しはないかとか、トラブルにあっていないかなどまでも確認するようにしています。これは、阪神淡路大震災のときに被災された方とのコミュニケーションから学んだ教訓の1つでもあります。

 また、薬剤師には、患者さんから受け取った処方せんの内容に問題がないかをきっちり調べ、重複投薬、投与量などで疑問があったら必ず処方医に疑義照会するよう指導しています。これは薬剤師として当たり前の行動ですが、医師に直接意見することは少し勇気のいることです。しかし、医師でも間違えることはあります。また、同一の患者さんで複数の医療施設から同じ薬を重複処方されている場合も少なくありません。患者さんとのコミュニケーションのみならず、医師とのコミュニケーションも薬剤師の重要な役目なのです。

 2012年には、初の6年制薬学部を卒業した薬剤師が登場します。様々な教育を受けた彼らには大いに期待しておりますが、薬局実務実習を通して、是非とも現場で実際に起こっていることをしっかりと見聞して欲しいと思います。

 薬学は実学でもあります。当然、社会貢献しなければなりません。研究・創薬・製薬・販売そして、医薬品の適正使用に貢献するという、大きなくくりで「薬学」の発展が「薬剤師」を支える基本であると考えていきたいと思います。