トップページ > 薬学と私 > 厚生労働省医薬食品局総務課医薬情報室長 田宮憲一氏 「幅広い学問である薬学だからこそ、行政の仕事も面白い」

薬学と私 第48回

 私が薬学に興味を持ったのは、大学受験のために上京し大手予備校に通っていた頃のことです。もともと有機化学が得意だったこともあり、講師である東大理学部の博士研究員から、研究室での有機合成実験の四方山話を聞くのが好きでした。ある時、「理学部だとこの反応がうまく行った、で終わりなんだけど、薬学部の人達は、より活性のある物を合成できないか、とか更に追究していくんだよね。」といった話を聞き、「薬学って何だか面白そう!」と思ったのが最初です。
 大学の教養課程を経て2年の後期に専門を決める際にすんなりと薬学部を選択したのは、この時の印象が強かったのだと思います。

 薬学部では4年進学時に研究室に配属されますが、自ら有機合成もするし合成した化合物の活性も調べるという、ある意味‘欲張りな’研究室に入りました。当時行われていたパーキンソン病発症関連物質の研究で、1つのメチル基の有無で全く逆の薬理作用を有することが示されており、化合物の構造活性相関に興味を持ったのです。自ら幾つかの関連化合物を合成し、それをマウスに投与して行動薬理学的な検討などを行ったのを思い出します。

 さて、大学院の修士課程に進んだ時点で、博士課程に進学するか製薬企業に就職するかなど自分の将来を考えました。研究の関連でパーキンソン病などの神経難病に関する知識も増えていくうちに、研究者の場合は特定の疾患やその治療薬について掘り下げて研究することになるのに対し、行政の仕事に就けば、種々の難病に対する有望な研究を支援するなど、苦しんでいる患者のためにより幅広い貢献ができるのではないか、と考えるようになりました。こうして、国家公務員試験を受験して平成6年に旧厚生省に入省し、行政官としての道を歩み始めました。

 厚生省に入ってびっくりしたのは、一言で行政と言ってもいろんな仕事があるということです。私は技術系職員(薬系技官)なので、法律職の人のように厚生労働行政すべてに関わるというわけではありませんが、それでも、医薬品、医療機器等の承認審査及び安全対策、革新的医薬品等の研究開発支援や医薬品・医療機器業界の振興、新薬の薬価算定や後発医薬品の使用促進、薬局・薬剤師の機能強化と診療報酬改定、麻薬、危険ドラッグ等の薬物乱用対策、食品添加物等に関する食品安全行政、化学物質の規制、血液安全対策など、その業務は多岐に渡ります。

 通常、一つの部署に2年程度務めると他の部署に異動となり、これを繰り返して幅広い行政経験を積んでいくことになりますが、面白いのは、前職と関係がなさそうな部署に異動しても思わぬところで業務のつながりや考え方の共通性があり、過去の経験を活かせることが多いということです。これはひとえに、薬学という学問の領域が非常に幅広く、行政の中で一見互いに無関係と思える仕事も、薬学という共通の専門性をベースに行われていることの表れだと思います。より具体的に言えば、厚生労働省の薬系技官の主な職務は、「モノ」に着目して国民の健康保持・増進に貢献していくことであり、それが部署によって、「有効で安全な医薬品等を迅速に患者に届ける仕事」だったり、「食の安全や化学物質から健康を守る仕事」だったり、という違いに過ぎないということだと考えています。

 難病治療薬の研究開発支援に従事したくて入省した私ですが、実際に研究開発振興課で直接的な研究費支援の担当になったのは、入省後15年以上経過してからでした。でも、その間、仕事にやりがいがなかったかと言えばむしろ逆で、他の部署にいても違った形で創薬支援を行えるという面白さを学びました。

 例えば、欧米で承認されている医薬品の日本での開発が遅れる「ドラッグ・ラグ」の問題について言えば、承認審査の実務を担う医薬品医療機器総合機構(PMDA)の体制を強化し、審査期間を欧米並みに短縮することで、製薬企業による日本での開発を加速化するインセンティブになります。また、患者からの期待も大きい再生医療等製品に関しては、人の細胞等を用いることから個人差などを反映し品質が不均一となるため、治験による有効性の確認に長期間を要するという課題がありましたが、医薬品医療機器法において、「有効性が推定され安全性が確認されれば、条件及び期限付きで特別に早期に承認できる」規定を設けたところであり、海外にない画期的な仕組みとして、国内外の開発企業の注目を集めています。

 さらに、保険局医療課に在籍した平成19年~平成22年には、上司と共に、薬価制度とリンクさせて新薬開発やドラッグ・ラグ解消を促進する制度の構築に取り組みました。
 現行の薬価制度では、通常、市場実勢価格に基づき2年ごとに薬価改定を行うため、ほぼすべての新薬の薬価が2年ごとに下がるわけですが、製薬企業ににおける開発コストの早期回収を可能とし、研究開発投資を新薬の開発に振り向けることを促すため、一定要件を満たす新薬については薬価改定時の引下げ幅を緩和するという、薬価上の新たな加算制度を試行的に導入することができました。制度導入に当たっては、医療保険財政への悪影響の懸念から、相当な議論がありましたが、学会や患者からの要望を踏まえ、国が「医療上の必要性が高い」と判断して開発要請した未承認薬・適応外薬の開発に、各企業が適切に取り組むことを加算の要件とすることで、何とか関係者の理解を得ることができました。このスキームにより、ドラッグ・ラグについては相当程度短縮されてきていると思います。

 他府省でも医薬品等の研究開発に関わることはできますが、こうした企業の行動変容を促すようなダイナミックな仕事ができるのは、薬事規制や薬価制度を所管している厚生労働省ならではの魅力だと感じています。

 現在の私の主な業務は、薬局の機能強化や薬剤師の資質向上に関する企画立案です。近年、医薬分業が進む一方で、「薬局・薬剤師は患者・国民のためになるような仕事をしているのか」という厳しい指摘が相次ぐようになりました。そしてついに、今年は政府の規制改革会議でも、負担の増加に見合うサービスの向上や効果などが実感できないとして、医薬分業のあり方が問われたところです。

 議論の過程では、同じ薬剤師として大変悔しい思いもしましたが、客観的に見れば、医療機関の近隣に多くの門前薬局が林立し、患者は受診した医療機関ごとの門前薬局で調剤を受けることが多いですし、そのサービスも、付加価値があるとはとても言えない所が多数です。これでは、とても患者本位の医薬分業とは言えません。そのため、厚生労働省では、今後の地域包括ケアシステムの構築に向けて、患者・国民が気軽にいろんな相談ができる「かかりつけ薬局・薬剤師」の機能を明確化し、薬局再編の姿を示すため、「患者のための薬局ビジョン」の作成に取り組んでいるところです。個々の薬局・薬剤師には、この逆風をむしろチャンスと捉え、質の高い医療・介護サービスの提供や地域住民の健康保持・増進に貢献していくことが期待されています。

 先ほど行政における薬系技官の業務のつながりについて述べましたが、人とのつながりの重要性についても常に意識しながら仕事をしています。例えば、治験の活性化に関する検討会でお世話になった大学の先生と、薬剤師の質確保に関する審議会でまた一緒に仕事をすることになる、などというのはよくある話です。また、私の場合は、研究室時代の指導教官や先輩と、当時はお互い全く専門外だった薬剤師の資質向上や薬学教育の関係で一緒に仕事をさせていただく機会も多く、こうしたネットワークを形成しながら一丸となって、患者・国民のために取り組んでいけるところが薬学の強みであり面白さだと思っています。

 振り返ってみると、研究室を選んだ際も行政官としての就職を決めた際も、無意識のうちに、できるだけいろんなことを経験したい、という好奇心に導かれて進路を決めていたのかも知れません。でもその期待に応えてくれるのが薬学という学問ですし、だからこそ、それをベースにした行政の仕事も面白いのだと思います。薬学を志す若い方々には、無限の可能性を信じて何事にも前向きにチャレンジしていただきたいと思います。