トップページ > 薬学と私 > 日本大学薬学部健康・スポーツ科学研究室所属5年生 松島美菜 さん 「私の道を拓く2つの夢“オリンピックと薬剤師の実現に向けて”」

薬学と私 第38回

 私は高校生の時に、世界ランキングに入ったためドーピング検査の対象選手となりました。急にドーピングの対象選手となっても、薬の知識が無い私は何がドーピング違反になるかも解らないため、体調が悪くてもなるべく薬を飲まないようにすることくらいしか出来ませんでした。今となれば、すべての薬がドーピング違反になる訳ではないので、病気を我慢して薬を使用しないなどと言う事は殆どありませんが、その時は「薬=ドーピング」という考えでした。大きな大会に出場する度に、少しずつドーピングのことについても理解が出来るようになりましたが、薬学的知識が無い私がドーピング違反となる対象の成分と処方してもらった薬の成分を見比べて、違うから大丈夫と確認しても何となく不安が残りました。そんな時に一番頼りになったのが薬剤師さんでした。ドーピング検査の対象選手となったことで“ドーピングと薬”の事に興味が湧き、それが私の薬学部進学を決めた理由の一つとなりました。

 薬学部に入学し、授業と水泳競技との両立は簡単ではありませんでした。毎日、授業後にそのまま練習というスケジュールは、高校の時も同様でしたのでほとんど問題はありませんでしたが、試験期間中だけはいつもと違って勉強時間が増えるため、どうしても睡眠時間が確保できずに体力や集中力が低下し、練習に悪影響が出てしまいました。勿論、試験に限らず普段の生活でも気分転換が上手く出来ない時には、疲れが出て気力や意欲が無くなることもあります。それでも、薬学の勉強と水泳どちらも自分が好きなことをやらせて頂いているだけで幸せなのだということと、私自身がこの両立という道を選びましたので、どんなに大変な時でもこの道を選んだのは“私自身なんだ”と何度も強く言い聞かせて乗り越えてきました。大学での勉強は、多くの友人から力を借りて何とかこなすことが出来ましたが、両立が一番に難しいと思ったことは、水泳競技のために「大学を休むことが出来ない」ということでした。日本で最も大きな大会は4月初旬~中旬に行われる日本選手権です。その年度によってもこの日程は異なりますが大会が終了するまでは、学校を欠席しなければならず、毎年学校が始まる4月当初は数日間のお休みをします。それで、単位に影響が大きい出席日数もギリギリとなり、次の休みで留年の危機にさらされたこともあります。それ以外にも1年を通して大会はたくさんありますので、大会に出場するために練習日程や授業の調節をしながら、ほぼ毎年留年ギリギリの出席日数でスケジュールを立てています。勿論、将来ヒトの生命に関わる医療従事者として毎日行われる授業にきちんと出席して多くの知識を身につけなければならないことは重々承知していますが、「学校を休めない」ということが、水泳競技との両立をはかる上での最も難しい問題でした。

写真イメージ  それでも、私が水泳競技と勉強を両立がすることが出来たのは、いつも私を支えてくれる方々の力が大きかったことに尽きます。家族、水泳の先生、所属先、サポートしてくれている水泳関係者、大学水泳部、大学の先生と事務の方々、先輩、同級生、後輩、友人、近所の皆様など挙げたらキリがない程の方々にあらゆる方面から支えて頂きました。また、直接はお会いしてはいなくても私を影から支えて頂きました多くの方々、特にこの人達は、私がオリンピックに出場させて頂いた時に実感することが出来ました。私の周りには本当に多くの方がいて下さり、何時も私に手を差し伸べて、私を支えて下さっています。私が自分の夢を叶えられるのは、この多くの方々のご支援と応援のお蔭です。心から感謝申し上げますとともに、この方々への期待と声援に応えられますよう、私はこれからもより一層の努力と精進をさせて頂きます。

 私は、5年次での実務実習を終え、病院・薬局ともに、様々なことを経験させて頂きました。薬剤師さんの仕事は、自分が思っていたよりも幅が広く奥が深いものでした。薬局実習では、指導薬剤師さんがスポーツファーマシストを取得している方で、私がスポーツファーマシストについて大変興味があることをお伝えしますと、関連する様々なことを教えて下さいました。国民体育大会が東京での開催ということでもありましたので、運良くスポーツファーマシストの活動に参加させて頂くことも出来ました。その活動は、会場で選手や応援に来ている方々の肺機能を検査するというものでした。私は、スポーツファーマシストとはドーピングのことを主として活動しているのだと勝手に思い込んでいたのですが、国体の会場でのスポーツファーマシストの活動は私が思い描いていたものとは異なっており、スポーツファーマシストはドーピングのことだけではなくて、運動をするすべての人に、運動に関わることについて幅広くアドバイスをする役割を担っていることを学びました。

私にとってロンドンオリンピックの出場は、水泳選手としての一つの夢でした。その夢を叶えられたことは私にとって幸せなことでしたが、オリンピックを終えた今は新たな夢が出来ました。今後はそのことを目標として、今までの経験を活かして、今まで以上に1日1日を大切に一生懸命過ごしていきたいと思っています。
 また、私の薬剤師としての夢はこれからです。
 私の考えは、スポーツと薬学を通して社会貢献をしていくことです。「スポーツ」「薬学」「世界」をキーワードに、これから私にしか出来ないこと、私なら出来ることを探していきたいと思います。また、将来は薬剤師となって、オリンピックに出場する選手に帯同し、ドーピングを含めたコンディショニングに関する様々なサポートをして行きたいと思っています。その夢を叶えるためには、薬学に関するたくさんの知識や技能の修得が必要ですので、これからも今までと変わらずにどんなことにも全力で立ち向かって、第ニの目標成就に“challenge”して行きます!