トップページ > 薬学と私 > エーザイ株式会社 保険薬局政策部 久田邦博 氏 「明確な夢を描き、その実現のためにチャレンジし続ける」

薬学と私 第35回

 数学や物理は赤点ギリギリの落ちこぼれ、英語に至っては偏差値20台という有り様でしたが、化学だけが70台と突出して得意だったため、この才能を生かせる仕事がしたいと薬学部を選びました 。当初は、研究や病院薬剤師を目指していましたが、親戚の勧めもありMRを選びました。
 学生時代までは人見知りの内弁慶。なんとか製薬会社に入社できたものの、会社からはコミュニケーションスキルが低い点を指摘され、MRとして働いていけるのかを非常に不安に感じました。この不安を払拭しようと悩みぬいた末にひらめいたのは、自分が理想とする状態をイメージすることでした。私の成功イメージは医師・薬剤師と顔見知りになっていて、コミュニケーションスキルを思う存分発揮できていました。そこで研修が終了し一人で訪問するようになった日から、医師、・薬剤師と頻回に面会することにしました。最初はガチガチに緊張し挨拶する程度で話が弾まない日が続きましたが、それでもがむしゃらになって飛び込み続け、恐らくMRの平均面談数の1.5倍以上の活動はしていたと思います。やがてイメージは本物になり、コミュニケーションスキルをフルに発揮できるようになった私は 、配属後わずか3ヶ月で上位の成績を残し表彰され、飛ぶ鳥を落とす勢いで実績を上げ続けました。

 その後もMR人生は絶好調で、順調に課長に昇進し、さらに出世することを目指し、転勤となりました。ここで一旗揚げればさらなる高みが待っている----。そんな意気揚々の私の人生を大きく変えたのは、一本の血液検査の結果でした。白血球が3万近くまで増加し、精密検査の結果、告げられた病名は「白血病」。その瞬間、頭の中が真っ白になり、私の人生はこの時点で終わったという思いに駆られました。「何のために生きてきたのか?」「何のために努力してきたのか?」とどれほど考えても答えは出ません。夢を失った私にとって、人生は消化試合のように感じられ、ただ寿命が燃え尽きる日を待ちながら弱々しく生きていました。

 発病後、研修部門に異動となり、かつての意気込みはどこへやら、このとき私の頭の中にあったのは、ただただ治療費を稼ぐことと家族の生活を守るためにクビにならないことだけでした。ところが新入社員研修に関わった時にがんサバイバーが闘病記を残すように、「私がこの時代に生きていた証を新入社員の中に残していこう」と決心しました 。
 この時から再び積極的に生きることが始まりました。新たに生まれた夢は、多くの人から待ち望まれるような研修をすることと、私の研修を受けた新入社員が将来活躍すること。新たな夢を見出したことで生きがいとともに大きな力が湧いてきました。さらに、カウンセリング、コーチング、ファシリテーションなど、次から次へと自己投資に励みました。残された短い時間の中でとにかく早くスキルを身につけなければと意気込んだ私には、もう死を恐れている暇などないほどでした。

  当初はプレゼンテーションスキルを日々磨き続けました。理由は最初にインストラクター講習を受けたスキルであることと、スキル上達度がわかりやすいからで、3ヶ月間は社外講演の依頼があると自分自身を撮影しては第三者的にチェックし、自分に対してOKを出すまで練習してから本番に臨んでいました。その後、講演依頼は増え続け、実践経験を積むことでまたスキルが身につき 、3年経った時点で数多くの医療機関からさまざまな講演依頼を受けるようになっていました。2010年より母校の名城大学薬学部、2013年より三重大学医学部で非常勤講師を努めることになり、現在、全国の薬剤師仲間から依頼されて研修に出向くようになり、当初描いた夢は達成されました。

 社員研修担当であった私が、社外で研修し始めた頃は、上司はあまり良い顔をしませんでしたが、それでも医療現場のニーズに応えるため、業務に支障を来さぬ範囲で継続していました。ある日突然、上司から感謝の言葉をかけられました。理由を尋ねると訪問した医療機関から立て続けに感謝の言葉をいただけたそうで、この日から私の活動を支援することを約束していただけました。
 母校の先輩に誘われて地区薬剤師会のイベントに参加し、最初の頃は名刺交換する度に「どうしてメーカーの人間が参加しているの?」と言われ、同じ資格を持つにも関わらず、薬剤師仲間に歓迎されないことにショックを受けました。それでもめげずに参加し続けていると、そのうちに何も言われなくなり、次第に会場で声を掛けてもらえるようになり、その後はすっかり溶け込み、逆に「どうして来なかったのか?」と言っていただけるようになりました。2つの経験から何事もチャレンジし続けることが重要であることを学びました。今後、薬剤師が活躍するフィールドは増えていきます。私が薬剤師会で経験したように、多職種連携等に参加していく時は、最初は抵抗を示されるかもしれませんが、それでもめげずにチャレンジし続けてください。必ず受け容れられます。

 薬剤師は保険薬局、病院、大学、企業、行政と幅広く活躍していて医療職の中で貴重な存在です。私は異職種の薬剤師の連携が強い力を生み出すと考え、プライベートで薬剤師学習グループ「しゃち薬」を主宰しています。定期的にオープンスペーステクノロジーというファシリテーション手法を用い、異職種の薬剤師仲間で同じテーマで議論し、その結果、それぞれの強みの相互理解することにより強い絆が生まれています。今こそ、薬剤師がひとつになる時だと考えています。
 また、仕事においても同僚とともに保険薬局に対してスモールグループディスカッションを中心とした参加者自身に考えて頂く研修を企画提案しています。ファシリテーターをすることにより、しゃち薬同様に薬剤師仲間を繋げる活動を仕事とすることができました。今の夢は薬剤師の絆を結ぶこと。すべての活動がそこにつながっていきます。

薬学を学び、薬剤師としてあなたにとってやり遂げたいことは何でしょうか?  是非、その状態を明確に描きチャレンジし続けてください。何としてでも達成したい夢があるなら何度でもチャレンジし続けられます。そのためにも時間を掛けて自分の夢を見つけることです。そして、夢というのは簡単には手に入らないもので、本当に成し遂げたい夢かどうかを試されます。それが試練であり、壁として現れます。本物の夢なら乗り越えて手に入れるまで頑張れるはずです。
 最後に、私がいつも唱えている言葉を紹介します。どんな状況でもポジティブな気持ちに変わります。皆さんも唱えてみてください。しあわせです。感謝。

以上