トップページ > 薬学と私 > 日本エネルギー総業株式会社 専務取締役 タップコーポレーション株式会社 取締役 丸山隆 氏 「薬学の全てを応用し開発部門で働くということ」

薬学と私 第24回

 私は、特に積極的な動機付けになるものはないままに薬学部へ進学しました。大学の教養の2年間、何となく有機化学を学びたいとの希望がありましたが、理学部か薬学部かの選択で、何となく後者を選んだ次第です。
 そのような訳ですから、薬学部在籍中も「薬学」の意味については、特に深く考えることなく過ごしておりました。卒業後、これもまた深く考えることなく製薬会社に就職しましたが、入社直後に選択を迫られることになりました。研究部門に行くか、開発部門に行くか、自ら決めよというものです。実は、製薬会社の開発部門の業務が何たるかは良く知らないまま、怖いもの知らず、単純な新しいもの好きの性分で、開発部門を選択しました。開発部門で実務経験を重ねていくうちに、図らずも「薬学」の意義を実感するところとなりました。なぜならば、製薬会社、特に開発部門には薬学の全ての要素が凝縮されており、その全てが有機的に機能していくことが、開発の成功に結びつくことを実感できたからです。

 薬学は多岐に亘る分野から成り立っています。合成化学、製造工学、分析化学、薬理学、微生物学、分子生物学等々、そして最近は「レギュレータリー・サイエンス」なる講座も始まっております。製薬会社では、これらの全ての分野の機能が有機的に連携し、総合的な機能の結果として新薬を生み出しています。さて、これらの各機能が単に存在するだけで、有機的に連携するわけには行きません。そこで、開発部門の存在意義があり、開発部門が重要な役割を果たす事になる訳です。すなわちCoordinationと言う役割です。
 皆様は、開発部門の業務をどのように想像されているでしょうか。恐らくは、新薬の所謂治験業務を担う部署であろうと考えているのではないでしょうか。勿論、治験実施に直接関与することも重要なのですが、他にも重要な業務が多々あります。治験(臨床試験)の実施を直接担う臨床開発のほかに、治験データを管理するデータマネジメント、治験の品質を管理する品質管理、データ解析を担当する臨床統計、副作用や有害事象情報を管理する安全性情報、試験計画書や試験報告書そして申請のためのドキュメントを作成するメディカル・ライティング、規制情報の収集や規制当局との折衝窓口となる開発薬事、治験の品質を保証する監査などの業務です。更に、これらの開発部門内の各業務と研究部門をも加えて全体の業務進行をCoordinateするプロジェクト・マネジメントと言う機能を開発部門内に置くのが通常です。
 さて、開発部門が新プロジェクトの業務をスタートするにあたり、まずなすべきことは研究部門からの各種データ・情報、薬事担当からの規制情報、臨床専門家からの情報、競合品ならびに市場予測情報などを基に戦略的開発計画の作成です。勿論、個人的な作業で作成できるものではなく、研究部門も含め、開発部門の各担当部署のメンバーからなるプロジェクト・チームを編成しての作業です。そのCoordination役は開発部門の担当です。治験が開始されますと、進捗管理と併せて申請の準備状況の管理も必要となってきます。治験の終了がみえてきますと、全関係部門で申請書類作成業務を開始しますが、その進捗管理も必要となります。これら全てが開発部門が担うわけですから、プロジェクト・チームを率いる強力なリーダー・シップ能力が要求されます。
 プロジェクト・チームとかリーダー・シップは製薬会社のみならず、他の業種でもその必要性は良く言われますし、特に薬学と関係することでもありません。製薬会社には、医薬品を開発するが故に、常に認識しなければならない特殊性があります。医薬品にはリスクがゼロではないということを覚悟の上で、その開発を進めなければなりません。つまり、リスクとベネフィットという観点から評価を進め、開発の戦略、戦術を考えなければなりません。リスクがゼロではないとの前提であるがゆえに、常に厳しい倫理感を持って、開発に望むことが要求されることになります。このような製薬会社の特殊な宿命を、意識しているかいないかは別にして、肌で感じることが出来るのは薬学を学んでいる皆様ではないでしょうか。製薬会社で働く基本条件を学ぶ環境に身をおいていると言えます。是非、製薬会社の開発部門を目指してみては如何でしょう。

 私は、国内製薬会社で26年間開発業務に従事、その最後の約4年間はロンドンにて欧州の開発を担当しました。その後、米国の製薬会社で日本の研究開発部門の統括責任者として10年間勤務しました。個人的な経験からですが、国内製薬会社と外資系製薬会社の差異について触れてみたいと思います。
 先ずは、開発担当者の日常の業務内容自体には両者に差異は無いと言えます。一方、カルチュアー並びにThe way of thinkingの違いによると思いますが、会議の進め方や計画の立案等には大いなる差異があると言えるのではないでしょうか。会議の議論では、”Think and talk about what we(you) can do.”が重要視され、アイディア検討の初期段階では”Any crazy idea should not be avoided.”です。仮に初歩的な質問であっても、恥ずかしいと言う雰囲気はありません。自ずと議論は活発になります。計画立案では、標準的計画に加えて、挑戦的計画(Challenging planまたはAggressive planと言われます)が立案されるのが通常です。
 挑戦的計画は、リスク覚悟の計画であることは承知されていますので、100%達成されなくとも問題にはなりません。標準計画より多少なりとも上回れば、”Well done.”あるいは”Good job.”です。チャレンジング精神が非常に尊重されると言う事です。チャレンジング精神なら大いにあるという方は、外資系製薬会社での勤務も楽しいものになるでしょう。

以上、製薬会社の開発部門について紹介いたしました。薬学を学んでいる皆様は、少なくとも他の学部の方より、早く医薬品開発に必要な要素を身につけられる立場におります。今以上に、医薬品開発業務に興味を持って頂ければ、幸いです。