トップページ > 薬学と私 > 弁護士 赤羽根秀宜 氏 「裁判で疲弊しない医療環境を作るために~法曹界へ歩みでた薬剤師の話~」

薬学と私 第23回

 私は、心臓に先天性の疾患があり、小さな時から病院に通っていたので、心の奥には医療というものに憧れがあり、薬学部に進んだのかもしれませんが、実は、たまたま薬学部に入ってしまったというのが本当のところです。そのような意識で薬学部に入りましたので、薬学部に入ってからの勉強の大変さには驚きましたが、先入観がない中で、医療というものを学べたため吸収が良かったのか、大学を卒業するときには、単に資格を取るだけが目的ではなく、大学を出てからは医療従事者として、世の中に貢献していきたいとの思いを持っていました。
 また、やはり薬学部に入ったからには、薬剤師国家試験に合格しなければならないという意識も強くありました。そのためには、当然勉強をしなければならないわけですが、それまで、あまり勉強をしたことのなかった自分にとって、「学ぶ」ということはとても新鮮でした。新しいことを知る喜び、基礎を覚え理解した上でそれを元に新たな問題を考えていくことの面白さを実感しました。薬剤師国家試験を乗り切るのは大変でしたが、この試験のおかげで「学ぶことの楽しさ」を知ることができました。大学4年になるまで、「学ぶことの楽しさ」を知らないというのは恥ずかしいのですが、国家試験という難関がなければ、この時にも知ることができなかったわけです。「学ぶことの楽しさ」を知ることができたことは、大学での一番の収穫だったといってもよいかもしれません。

 大学卒業後、私は、保険薬局で働き始めました。薬は日々新薬が発売される等進化しており、それを学んでいけることは楽しかったですし、患者さんと接し、その知識を提供するということにもやりがいを感じていました。
 一方で、私が薬剤師になった頃から、医療裁判等において、医療者側に厳しいと感じる判決が続きました。また、当時は、医療裁判だけではなく、医療過誤が原因で刑事事件になることもあり、報道も医療者側に厳しい体制だったように思います。私は、そのような状況をみて、もともと危険を含む医療において、医療者にその責任を過度に負わせるのは間違っており、医療者にそのような負担を負わせてしまうと、医療が委縮してしまう、新しい医療への挑戦も難しくなってしまうなど、最終的には国民にも不利益になるはずだと考えていました。実際には、周りで頑張っている医師や薬剤師等の医療従事者を見ていたので、単に不合理だと考えていた部分もあったのかもしれません。
 そして、このような状況になっている原因は、医療をよくわかっていない裁判官・弁護士・検察官が裁判や刑事手続を行っているからだと考え、もし、自分が法曹になれば、そのような体制が変えられるかもと思うようになりました。そんなことを考えていた時に、ちょうど法科大学院ができ、法科大学院の理念の中の一つには、医療等の専門性をもった人を法曹界にいれて、専門性のある法曹を養成しようという考えがありました。タイミングといい、考え方といい、これはまさに私のためにある制度だと考え具体的に法曹を目指すことを決心したのです。
 私が弁護士になった一番の理由は、医療界を良くしたいという思いからでした。

 以上のような理由で弁護士になりましたが、今は、医療事件などを専門にしているわけではありません。現在は、一般的な弁護士として、企業法務や損害賠償等の訴訟事件、破産事件や相続等も扱っています。ただし、やはり薬剤師としての職歴があるので、薬局からの調剤過誤にかかる相談、また、新しいシステムを薬局等に導入する場合の法的問題点、薬事法に関する相談等を受けることも多いです。弁護士として治験にかかわる仕事等も行っています。また、薬剤師業界から講演依頼を受けることも多く、薬剤師業界には色々な面でかかわらせてもらっています。
 また、現在私は弁護士会の「高齢者・障がい者総合支援センター運営委員会」という委員会に所属し、成年後見制度の普及に携わっています。成年後見制度と介護保険制度は車の両輪だと言われており、老人や障害者の福祉のためにはどちらも機能し、連携がとれていなければいけません。後見人をしている弁護士や社会福祉士、ケアマネージャー、医療従事者などが、互いに勉強会などを開催し交流を深め、医療従事者だけのチームではなく、医療従事者と財産管理を行うもの全てのチーム作りが必要だと考えており、これらを繋げることに貢献しようとしているところです。
 私が、弁護士になった理由は、医療界を良くしたいというもので、その思いは今も変わっておらず、引き続き医療界にかかわり少しでも貢献できればと考えています。きっかけは、医療訴訟への興味でしたが、現在は、医療過誤等の問題を訴訟で解決するのには限界があると考えています。様々な問題はありますが、日本でも無過失補償制度のような制度が必要だと考えており、そのために何らかの活動をしていければと思っています。また、それ以外でも医療と法は密接にかかわっており、法律の問題をクリアしなければ新しいシステムの導入などもできません。医療界を法曹の立場から良くするために医療を少なからず知る弁護士として、様々な場面で活動をしていくつもりです。

薬剤師法の第1条には
(薬剤師の任務)
第一条  薬剤師は、調剤、医薬品の供給その他薬事衛生をつかさどることによつて、公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする。
と定められています。
やはり、薬剤師の原点はここにあります。
薬剤師になって様々な職種につくとしても、最終目標はここになるはずです。
この薬剤師法第1条に定める「国民の健康な生活を確保する」を常に最終目標とする薬剤師になっていただきたく思います。

以上