トップページ > 薬学と私 > 朝日新聞社 報道センター 記者 青山 祥子氏「明日は今日の夢」

薬学と私 第2回

明日は今日の夢 新聞記者への志望

 ノーベル賞発表の季節になると、実験室で過ごした大学時代が懐かしくなります。最近の化学賞では、第1回に登場された下村脩先生の発光・蛍光タンパク質、2010年のクロスカップリングについて学んだこともあり、昔の教科書や雑誌を引っ張り出して読み直しました。もちろん教科書には、これらの研究成果が誰によってどのように導き出されたのかまでは書かれていません。私が新聞記者を志望したのは、第一線の科学者にインタビューしてみたいという憧れからでした。

理系出身だからこそ味わえる取材の面白さ

 もっとも入社したのは世の中の話題全般を報道する一般紙。科学のフィールドはあっさり素通りして、現在は文化をテーマに取材しています。ときには陶磁器を彩る釉薬の成分や化学反応を調べたり、パリの老舗メゾンのウインドーを飾ったドレスのドレープにうっとりしながら生地に採用された日本の合成繊維の開発話を聞いたり。これは理系出身だからこそ味わえる面白さかもしれません!

 科学の進歩に貢献した科学者110人が集う壁画「電気の精」を描いたデュフィ、相対性理論やDNAなどにインスピレーションを得ていたダリ。現代では、医療サイエンスに関心を示す美術作家ダミアン・ハースト、原子爆弾を開発した科学者たちのオペラ「Doctor Atomic」を作曲したジョン・アダムズ……。アーティストのフィルターを通し、それぞれの時代における最先端の科学技術が社会に夢と希望を与え、また不信を抱かせた様が見えてくることも興味深いです。

座右の銘「艱難汝を玉にす」「どんなに難しくても諦めるな

 キャリアの中で薬学の世界と接点があったのは、経済の分野で製薬業界を担当したときです。学生時代は薬を「商品」として意識したことはありませんでした。新薬の研究開発にかける投資、市場に投入されるまでのステップなど企業活動の取材をきっかけに、新しい視点で薬学をとらえるようになりました。

 いま製薬産業は日本経済をリードする知識・技術集約型産業として期待されています。こうした経済的な重要性だけではなく、自国で新薬を生み出し、製造・供給する能力をもつことの意義を強く感じるようになりました。途上国では、高価な輸入薬に頼らざるを得ないことから、貧困層に必要な薬が届かない医薬品アクセスの問題がクローズアップされています。抗マラリア薬など、患者の購買力の低さから市場性に乏しいという理由で薬の研究開発が進まない、Neglected Diseases(顧みられない病気)の状況も深刻化しています。若い皆さんが薬学に関心をもち、これらの問題解決に日本が貢献できる日がくれば素晴らしいことだと思います。

多彩なサイエンスがそろい,生命・医療をベースにつながる,薬学の魅力

 高校3年生で理系クラスを選んだら、周囲は文系に進学するものと思っていたらしく失礼なほど(!)びっくりされました。「本は一人で読めるけれど、実験は家でできない」という単純な動機でした。鉱物の結晶や金属イオンの色の美しさ、目には見えないけれど確かに存在する電子軌道……。ロマンチックな化学の先生のお話にときめいてしまったのです。

 薬学部に進んだのは大学3年生のとき。私が在籍した有機化学の教室をはじめ、物理化学、生化学、薬理学、分析化学など多彩なサイエンスがそろい、生命・医療をベースにつながっていることが魅力でした。基礎を深めることが応用へと結びいていく、研究の幅の広さも薬学ならでは。研究者、薬剤師はもちろん、医療行政にたずさわったり、製薬企業の経営に関わったり、特許など知的財産権を扱ったり……。新聞社に入ったことで、さまざまな分野で活躍されている先輩と出会う機会があり、研究の場を離れても薬学への関心・興味は尽きません。

「昨日は今日の記憶,明日は今日の夢」

 「明日は今日の夢」。「昨日は今日の記憶」というフレーズに続く、レバノン生まれの詩人、ハリール・ジブラーンの言葉です。迷ったり後悔したり、自分を見失いそうになるとき、心の中で繰り返すと、今日をしっかりと生きようという気持ちになります。同時に、時代も文化もまったく異なるのに胸を打たれることに、言葉の強さを感じます。

 ジブラーンは、代表作「The Prophet(預言者)」を20年以上の推敲を重ねて出版しました。やさしく語りかけるなかに、深い洞察とメッセージが凝縮されています。研究でも仕事でも、何か大切なことで自分なりの考えを探すことが人生の目標だと思っています。