トップページ > 薬学と私 > (株)メディカルトリビューン 戦略企画部 新商品企画室長 本島玲子 氏 「Vision with action can change the world ~針路を決めるのはあなた自身~」

薬学と私 第17回

 薬にまつわる私の記憶といえば、子供の頃、なかなか錠剤が飲み込めなかったことぐらい。身近に薬剤師がいたわけでもなく、たまたま薬学部に進学したものの、休暇の時期は実務実習ならぬドイツ語講習に行くような学生でした。卒後30年程になりますが、製薬企業で働いたのち、社会人人生の殆どの期間、医学・医療情報を扱う仕事に携わってきました。
 2010年末の調査で、日本の薬剤師の総数は28万人弱。私のように「その他の業務の従事者」は約6千人(全体の2%)です。さらに編集者やメディア関係者となると、ごくわずかでしょう。今まさに薬学部で学んでいる人や、薬学部への進学を考えている人にとっては、かなり例外的な進路ですが、こうした分野で薬剤師が働く価値はあると考えます。
 医学・医療を含む科学技術は日進月歩です。それを社会に適用しよう、あるいは個人的に利用しようとするときに、その適否を専門家だけに委ねておくわけにはいきません。消費者、患者あるいは国民の立場で判断するうえで、正確でわかりやすい情報が必要です。しかし、これまで、日本では一般向けの純粋な医学・医療情報が少なく、医療過誤等の事件・事故報道や、誤解を与えがちなバラエティー的医学番組ばかりが目を引きがちでした。知識はすぐに古くなってしまいますが、薬学部で学んだ者には、薬あるいは科学に関する基本的な“概念”があるので、新規の技術を理解して伝えるのに絶好の立場にいると思います。

 編集者として働き始めて、比較的初期から実感したのは、同じ職業や職域など、仲間うちでの常識が、どこでも通用するとは限らないということです。最近、SNSでのやりとりなどみていますと、現場の薬剤師は、目の前の業務をこなすための知識や技術には非常に高い関心がある一方で、もう少し広い視点から医療の問題を捉えようとする人は少ないように感じます。
 自分と異なる視点を知るという点で、私にとってインパクトが大きかったのは、文科省の科学技術振興調整費で行われた医療政策人材養成講座を2008年度に受講したことです。この講座では、4つの異なる立場の者(医療提供者、患者支援者、政策立案者、ジャーナリスト)が、「医療を動かす」ことと「一人称で語る」ことを求められ、対等な立場でディスカッションする場が創り出されました。その関係が現在もネットワークとして続いています。
 がんや慢性疾患の患者さんは、いわば自分の抱える病気の専門家です。『薬学と私』第9回に登場した桜井なおみさんがよい例ですが、当事者意識をもってがんについて学んでいるので、大抵の薬剤師よりはよほど知識があります。薬剤師は、模式図に示された理論的な薬の作用機序がつい頭に浮かんでしまいますが、それを使用し、自分にどんな変化が現れたか、身をもって知っているのは患者さんです。
 現場の薬剤師に期待したいのは、知識は自分のほうがある、(服薬)指導してあげる、という固定観念はもたず、個々の患者さんに合わせて支援する姿勢です。

 現場の業務内容を比較した場合、日本の薬剤師が先進諸外国に比べて決して劣っているとは思いませんが、ひとつ気になるのは、薬剤師の役割にしても報酬のありかたにしても、現在の枠組みを前提に考えてしまう傾向があることです。
 しかし、薬剤師を取り巻く医療環境も、社会も刻々と変化しています。2012年、6年制薬学部卒の薬剤師が誕生しましたが、私が薬剤師向けの雑誌に携わり始めた十数年前には、こんな日が来るとは夢にも思っていませんでした。以下は、UCSF薬学部の臨床教授 Donald Kishi先生に教えていただいた、私の好きな言葉です。米国の薬剤師も、近代的な地位を確立するのに20年位かかったとのお話でした。

  Vision without action is merely a dream.
  Action without vision just passes the time.
  Vision with action can change the world.

 今後の社会を考えるとき、限られた医療資源をいかに賢明に使うかが大きな課題です。疾患モデルも変化し、生活習慣病などの場合、患者自らも行動を変えて治す、さらにはならないよう予防すべき立場にあります。薬剤師も、処方された薬剤の適正使用を担うだけでなく、薬を含む医療資源を有効に使うための助言者になってほしいと願っています。