トップページ > 薬学と私 > 高知大学医学部附属病院薬剤部(臨床試験センター治験担当部門) 安岡美貴先生 「未来の医療へとつないでいくために」

薬学と私 第16回

 私は中高生の頃、数学や理科などの理系科目が大の苦手で、どちらかというと国語や社会などが好きな文科系の学生でした。しかし、病気で病院にかかった時などに、医師、看護師、薬剤師等の医療スタッフが優しく声をかけてくれる姿にとても安心感を覚え、白衣を着て働く仕事に憧れを抱いている自分がいました。また、当時母が病院で薬剤師の助手という仕事をしていたことから、数ある医療系資格の中で、「薬剤師」という職業を特に身近に感じていました。そういった環境も大きく影響し、いつしか私も薬剤師になりたいと自然に思うようになりました。しかし、そこで問題となったのは理系科目が全く出来ない自分自身の成績。文科系の道も考えましたが、薬剤師という職業がなぜかどうしても気になり、諦めきれなかった私は、高校の化学の先生に個人指導を依頼し、化学の猛特訓をして頂きました。はじめは食わず嫌いのような科目でしたが、勉強していくうちに、化学反応や物質の成り立ちの面白さ、奥深さにだんだん興味がもてるようになりました。そして勉強の結果、晴れて薬学部へ進学することが叶いました。

 薬学部に入学後、そこに待っていたのは文科系人間の私には信じられない数の理系科目の数々。思い出してもめまいがしそうな勉強、試験の日々でしたが、自分の中に薬剤師として必要な薬学的思考、科学的思考の土壌を築くために、無駄な勉強は一つもなかったのだと今にして思います。
 大学4年生のとき配属された研究室では、医薬品と飲食物の相互作用についての研究を行っていました。検証したい疑問、仮説があって、実験し、結果を得る。するとそこに今まで知らなかった新たな事実、課題や疑問が生まれ、それがまた次の実験へと繋がっていく。机上の勉強だけでは体験することが出来ないそのプロセスを、面白く感じるようになったのはその頃でした。そしてその後、地元である高知県へ戻り高知大学大学院医学系研究科へ進学することとなりました。
 大学院生時代は、天然資源の医療への応用についての研究を行っていました。大学4年生のときは研究を行うことが新鮮で、単に面白さだけを感じていましたが、大学院生時代の研究を通し思ったことは、仮説を検証することの難しさ、また、信頼性のあるデータを得ることの難しさなど、一つの研究を成立させることの難しさでした。

 大学院卒業後、高知大学医学部附属病院薬剤部に就職し、半年後に配属になったのは治験管理室(臨床試験センター治験担当部門)でした。「治験」というものの存在を薬学部の授業等で話を聞いたことはもちろんありましたが、「人を使って新薬の実験をすること」というぼんやりとしたイメージしかなく、業務内容もよく分からないまま治験管理室の一員となり、私のCRCとしての日々が始まりました。
 CRCとはClinical Research Coordinatorの略称で、一般的に「治験コーディネーター」、最近では企業治験以外の臨床試験や研究の場でも活躍することが増えたことから、「臨床研究コーディネーター」と呼ばれることも多くなってきました。
 CRCが日本の治験業界に初めて登場したのは、平成9年4月に「医薬品の臨床試験の実施の基準(新GCP)」が定められてからのことです。新GCPの制定によって、臨床試験を行う基準が厳格化され、以前までの実施体制では適切かつ円滑な治験の実施が難しくなりました。「新GCP」を遵守しながら正しく治験を行っていくため、誕生したのがCRCという新しい職業です。
 どのような仕事なのかというと、その名の通り、治験や各種臨床試験が円滑に進行するよう試験全体を「コーディネーション」することが主な仕事です。
 治験は主に、治験担当医師、治験依頼者(製薬会社)、被験者の三者により成り立っています。CRCはその三者の間に立ち、それぞれに対して必要なサポートを行っていきます。
主な業務内容としては、
 ・被験者への同意説明の補助、相談窓口、服薬指導
 ・治験のスケジュール管理、診察への立会い、症例報告書の作成補助
 ・治験依頼者への対応、院内の関連部署との調整及び連絡、記録・書類の保管
など、その業務範囲は広く、多岐に渡っています。
 CRCは治験における倫理性、科学性および信頼性を確保し、質の高い治験の実施に寄与するためにその業務を遂行します。多くの治験を担当していく中で、ときには調整が難航したり、トラブルが起こったりすることもあります。しかしその度に新たなことを学び、対策を考えていくことで、今後更なるよりよい治験に繋がるように努めています。様々な困難を乗り越えて、一つの治験が終了したときはとても充実感があります。今後の課題は山程ありますが、それだけこれからの「伸びしろ」がある仕事ということでもあり、やりがいがあります。

 薬剤師である私にとって、医薬品の開発段階である治験に関わらせてもらうということは大変興味深く、貴重な経験だと思っています。新規の有効成分や作用機序、今まで治療法のなかった疾患に対する治療薬、そんな未来の「くすり」に出会うたび、薬剤師として大変嬉しく思い、医療の発展のめざましさに驚かされます。そして、自分が担当した治験薬が国の承認を経て医薬品となり、調剤室に並んでいるのを見たときにはとても感慨深く思います。そのときに、治験中に苦労した様々な出来事、治験に協力してくださった被験者の方々や関わった多くの方々のことがいつも思い出されます。
 治験は新薬開発のために必要不可欠のものですが、協力してくださる被験者の方々なしには決して成り立つことができません。治験に対して、「自分で出来ることがあれば、ぜひ協力したい」「将来の患者さんのために役立てるのであれば」と言って参加してくださる被験者さんが本当に数多くおられます。そんな多くの方のご厚意とご協力があってこそ、今日の医療があるのだと、治験という仕事に携わらせて頂いて初めて実感することが出来ました。また、多くのスタッフの協力なくしても成り立ちません。治験に関わるお一人お一人との出会いが、私をCRCとして、また医療に携わる者として、成長させてくれる糧となっています。

 CRCは薬剤師以外にも、看護師や臨床検査技師等あらゆる医療職種の方が就くことができます。必ずしも薬剤師でなければならない職業ではありませんが、治験が「くすり」に関連する以上、「薬の専門家」である薬剤師だからこそ出来ることや、職能を生かせる場面はたくさんあると思います。
 現在、日本と海外の間では、海外で有効な新薬が開発されても日本の医療現場で実際に使えるようになるまでに数年かかる「ドラッグ・ラグ」と呼ばれる時間差が存在しています。この問題を解消するための対策が様々講じられていますが、CRCをはじめとする人材の育成もその一つと言われています。世界の最新医療をいち早く日本へと導いていくため、今後益々、治験や研究の場で活躍する多くのCRCが誕生していくことを願っています。
 将来皆さんが、薬剤師として社会に貢献できることは人それぞれ無限にあり、可能性も無限大にあると思います。どこにいたとしても、自分のいる場所で「薬剤師として活躍するぞ!」という気持ちを持って、自分らしく薬剤師道を突き進んでいってほしいと思います。