トップページ > 薬学と私 > 聖ジョセフ病院ソノマ郡薬剤部 米国薬物療法認定専門薬剤師 岩澤真紀子氏 「アメリカで臨床薬剤師のスキルを磨く」

薬学と私 第15回

 私が医療関係の仕事につこうと決意したのは、小学校高学年の頃、祖父が亡くなった時でした。祖父は引退するまで、保健所の内科医でした。葬儀には祖父の医師仲間が集まり、感動的なエピソードを語りながら涙を流していたのが印象的でした。祖父と患者、同僚との「絆」に触れ、人を助ける仕事がしたいと思うようになりました。医学部への挑戦は失敗に終わりましたが、医療に携わりたいという思いから、薬学部へ進学しました。この時は大きな挫折を経験しましたが、医学部受験のためにした英語の勉強は、10年後のアメリカ留学で非常に役立ちました。

 私がアメリカの臨床薬剤師の活動について知ったのは、大学3年生の頃でした。特別授業で南カリフォルニア大学の客員講師から、アメリカにおける薬剤師の役割、薬剤師教育の変遷と将来について話を聞く機会があったのです。
 私が学生だった1990年頃は薬剤師が病棟活動を始めて間もない時期で、その仕事内容について試行錯誤が続いている状態でした。一方その頃のアメリカでは、薬剤師が一般的な薬物治療だけでなく、癌や精神科などの専門領域の薬物治療にも責任を持てるよう、薬剤師の専門性をいかに広げていくかが議論されていました。日本の薬剤師業務はそこからかなり遅れているという事実を知って、薬剤師を目指している学生としてはショックでした。しかし、日本の薬剤師には可能性があることを信じて、まずは日本で臨床薬剤師になることを目指してみようと思ったのです。

 この言葉は、雄弁家で知られるアメリカの法律家、ウィリアム・ブライアン氏の言葉を和訳したものです。難しい状況におかれたときにどう打開すべきか、この言葉を思い起こして自分のあり方を考えています。
 東邦大学医療センター大森病院に就職して1年半たった頃、脳外科病棟の臨床薬剤師を任されました。その仕事内容は、医療チームの回診への同行、担当患者の薬歴管理、入院患者の服薬指導などでした。就職して以来、自分なりに頑張って念願の臨床薬剤師になったものの、専門分野の薬物治療にとても詳しい医師も参加する医療チームに同行するなかで、臨床スキル不足に悩むことが多くなりました。
 自分が必要としていた「臨床スキルを磨ける教育」というものが当時の日本にはなかったので、しだいにアメリカ専門大学院Pharm.D.課程への留学を考えるようになりました。大きな決断でしたが、「誰かが何とかしてくれるのを待つのではなく、自分自身で変えてみよう」と思ったのです。

 留学情報の収集をするにつれ、留学実現のためには多くの障害を乗り越えなければならないことが分かりました。その一つが年間300~400万円(×4年)という高額な学費でした。それから、英語力の問題。コミュニケーション力重視のPharm.D.課程では、TOEFLが600点あったとしても授業についていける保証はないとのことでした。さらに、受験に必要な単位取得の問題。日本で取得した単位は受験に必要な単位数に満たず、その足りない教科も受験する大学によって違いがありました。調べれば調べるほど絶望的な気分になりましたが、それぞれの問題を解決すべく努力することにしました。
 医学部受験の時もそうでしたが、今まで一生懸命努力したことは、必ずどこかで活かされてきました。大きな目標にチャレンジするときは、失敗しても自分に言い訳せず前に進むため、中途半端な努力をしないことを心がけています。私が南カリフォルニア大学のPharm. D.課程入学を果たすまでには、7年間の月日を要しました。

 薬剤師が医療チームの中で求められるのは、あくまでも薬の専門家としての視点です。もちろん、担当する患者の病態や病気の診断について知識があるに越したことはないですが、診断は医師の領域であり、薬剤師の領域ではありません。Pharm.D.課程では、日本では深く学べなかった薬物治療学や薬物療法モニタリングのスキルを身につけることができたほか、薬剤師ができる様々な薬学的介入について学びました。
 日本と異なりアメリカの薬剤師には、依存型処方権が30年ほど前から法律で認められています。薬剤師は医師から権限の委任を受けて(依存型)、病院内の取り決めに基づいて処方を書くことができます。これにより薬剤師は薬剤の選択から投与量決定、評価、モニタリングまで、患者の薬物治療に深く関わっています。薬剤師は医療事故を未然に防ぐだけでなく、医師が患者の診療により専念できる環境作りにも貢献しているのです。
 日本の現在の法律では、薬剤師に処方権はありません。しかし、近年日本の薬剤師臨床業務の発展には目覚しいものがあり、今後一人でも多くの薬剤師が「変える」ための努力を積み重ねていけば、依存型処方権が薬剤師に認められることも近い将来あり得ると思います。私もアメリカでの経験を日本に伝えることで、日本の薬剤師の職能領域発展のために少しでも貢献できればと考えています。

 これは、南カリフォルニア大学の卒業生でカリフォルニア州薬剤師会の会長、ハワード大学薬学部の学長をつとめられたウェンデル・ヒル博士の言葉です。
 私がアメリカのPharm.D.教育で学んだことの一つは、より良い患者ケアのために薬剤師にできる役割を追求し、できないことを諦めるのではなく、「どうやったらできるか」という発想で考えることです。現在の薬剤師の職能は、今ある姿が絶対ではなく、医療をとりまく環境、社会のニーズの変化などに応じて変化・発展させていくべきものです。薬剤師としての職能領域をどう広げていきたいのか、各々の薬剤師が未来のビジョンと開拓精神を持って行動していくことが重要だと考えます。
 今後より多くの薬学生・薬剤師の方々が、薬剤師の未来を切り開く力となってくれることを期待しています。