トップページ > 薬学と私 > 日本学校薬剤師会 会長 田中俊昭 先生 「学童の健康を見守る学校薬剤師という仕事」

薬学と私 第13回

 私の父親は田舎の開業医(村に医師一人)であり、私が小学校低学年のころ国民皆保険が始まり大変苦労をしている姿を見た記憶があります。父親譲り(もっと強い)の潔癖症で、病気の部位へ触ることや、血を見る事ができずに医師になることを断念しました。しかし、父親の働く姿を見て、白衣には憧れと愛着があり、薬剤師であった伯父の勧めもあり薬剤師の道を選びました。その伯父が日本学校薬剤師会二代目会長であり、東京薬科大学の理事長 可児重一であったことから、私の学校薬剤師の道が生まれたと考えています。(自身は現在、日本学校薬剤師会8代目会長です。)
 大学時代には、先生というより“兄”とも慕う土屋助手により調剤学を学び、東大病院薬剤部研究生を勧められ、大学卒業後、医療現場での調剤とは何かを学びました。 その後、前出の伯父の勧めにより病院薬剤師の道から薬局薬剤師(文京区本郷・水野調剤薬局)の道へ移り、更に現・松長薬局で調剤と一般薬の販売を行い現在に至っております。この薬局での経験を活かし、現在、小・中・高等学校で「くすりの正しい使い方・薬育」、「薬物乱用防止教育」の中に織り込んだ講話を実施しておりますと共に、各種実験を交えたり、大型カプセル見本を作成し、“くすり”を作る時の工夫を話しています。

 昭和5年、北海道小樽市において起こった不幸な出来事を忘れてはなりません。ある小学校4年生の女児が風邪のため頭痛を訴え保健室に行きました。衛生婦(現・養護教諭)の指示に従い、担任教諭が”アスピリン”を投与したところ、女児の容態が急変。後に調べるとアスピリンと表示された外箱の中にはビン入りの昇汞(塩化第二水銀)が入っており、誤投薬が原因と判明しました。残念ながら、この女児は3日後に亡くなりました。
 その新聞報道を目にした同市に住む数名の薬剤師が、教育委員会に学校にも薬剤師が必要との申し入れをしたところ、翌年4月に学校薬剤師の任命を受けることとなりました。その薬剤師は、就任と同時にまず保健室等の薬品管理を始めました。一方、小樽での事故が原因かどうかは不明ですが、事故のあった翌月、東京市麹町区市会議員、萩村武郎氏が初の学校薬剤師に委嘱され、その後「学校薬剤師」という職種は全国に広がっていきました。学校薬剤師は、学校における環境衛生の維持・改善や医薬品と病気に関する専門家として指導・助言を求められる立場にありますが、あくまでもボランティア活動の一つとして重要な役割を担うことになります。

 第二次世界大戦により学校薬剤師の活動は中断されますが、終戦後の昭和22年、学校薬剤師の活動は、教育基本法と共に制定された学校教育法に「学校の環境の整備」が示されたことで再開します。さらに、昭和33年、学校保健法が制定され、大学を除くすべての学校に学校薬剤師を置く事となり、「学校環境衛生の基準」が定められました。以後、この基準は“快適で安全な学習環境”の維持・改善のために活用されて今日に至っていますが、時代の変化に合わせて度々改訂が行われてきました。
 平成22年4月、さらなる大幅な見直しと改正が行われ、“学校保健安全法”(旧学校保健法)が施行されました。これに伴い“学校環境衛生基準”(旧学校環境衛生の基準)が告示され、同日より実施。学校薬剤師の職務はいっそう重要なものとなっています。

 学校薬剤師を任命(委嘱)するのは、学校設置者である教育委員会・学校法人等ですが、任命された後は公立学校においては地方(国家)公務員非常勤職員であり、私立学校においては学校職員非常勤職員の専門職としての扱いを受けます。例えば職務中(通学時も含む)の災害時は公務災害の保障を受ける事となりますが、担当学校長の了解を受けないで他校の環境衛生等に係る出勤時においての災害は対象外となってしまいます。

 学校薬剤師の職務において、保健室等の薬品管理が基本であることは当然ですが、以下に示しますように。学校の環境衛生基準にそった定期・臨時検査の実施、学校が行う日常点検に対し指導・助言が求められています。

  1. 1. 教室等の環境 ①換気及び保温等 ②採光及び照明 ③騒音
  2. 2. 飲料水等 ①水質 ②施設・設備
  3. 3. 学校の清潔、ネズミ、衛生害虫等及び教室等の備品の管理
  4. 4. 水泳プール ①水質 ②施設・設備の衛生状態
  5. 5. 日常における環境衛生 ①教室等の環境 ②飲料水等の水質及び施設・設備 ③学校の清潔及びネズミ、衛生害虫等 ④水泳プールの管理
  6. 6. その他、学校給食衛生管理基準 ①給食調理場等 ②施設・設備

昨今、学校薬剤師には、「薬物乱用防止教育」も重要な職務として位置づけられています。その原点には、「薬の正しい使い方教室」があり、さらに「喫煙・飲酒の害を知る教育」を加えることにより、薬物乱用防止に一層の効果が現れると考えられます。さらに、アスリートの低年齢化に伴う「ドーピング防止教育」や、サプリメントによる健康被害の予防といった観点からも、今後その役割はますます必要になるであろうと私は考えています。

 平成23年3月11日に発生した東日本大震災において被災された皆様方には、心よりお見舞い申し上げます。
 被災した学校の環境衛生については、「学校環境衛生基準」(平成21年4月1日付け)及び、「学校給食衛生管理基準」に基づき実施することが基本です。また、必要に応じて施設・設備の点検、水質検査など臨時の環境衛生を実施しています。環境衛生の管理については、都道府県学校薬剤師会・薬剤師会学薬部会(http://www.nichigakuyaku.org/)にご相談ください。
 学校薬剤師は、学校の環境衛生に限らず、家庭での環境衛生についても関わっていきます。

 子曰、学而時習之、不亦説乎。これは、論語の一節ですが、私を薬剤師にと勧めてくれた伯父が担当していた「時習小学校」の校名の由来でもあります。私の学校薬剤師としての第一歩は、この「時習小学校」を担当することから始まり、日々の暮らしの中心となっています。そして、正式に学校薬剤師となり、数年後に豊島区学校薬剤師会役員となり、その後東京都、日本学校薬剤師会の役員・委員としての活動の場を与えていただきましたが、これも伯父に負うところが大でありました。
 薬剤師には様々な職域がありますが、いずれも国民の健康に関連した非常に重要な職業であり、健康を維持、病気を治すことに直結した分野が多く、自分に適した職種を選び、力を発揮できる場を持っていただきたいと思います。現在、薬学教育は6年制となっていますが、これは旧4年制課程で学ぶには学びきれないと考えるのは私一人ではないでしょう。周囲の人たちの健康に関与し、満足を与えることができる職業はそう多くはありません。綺麗な白衣を着て健康を説く薬剤師は、社会の華といっても言い過ぎではないでしょう。